2012年1月29日 (日)

さあ、明日から再び(残念な話の続き・・・)

しかし本当に自分でも驚くのだが、先日書いた僕の「残念な話」はあれから1ヶ月近く経つ今も継続中だ。

今月12日に激しいめまいで動けなくなり、そのまま普段行きつけの近くの病院に入院し、その後状態がはっきりして来たら、治療の都合でそこから電車で1時間くらいかかるもっと大きな病院に転院した。

そこで順調に治療を受けていたが、当初に聞いていた通り、治療施設の都合で24日に一旦退院し自宅療養となった。

明日30日からまた治療が再開出来るので再入院となる。

それにしても自宅療養となった24日から今日29日まではちょっと大変だった。
特に最初の3日(24、25、26)はとてもきつかった。

今回起きた突発性の難聴で、今僕の左耳はほとんど何も聞こえない。

耳の器官が何かの都合でおかしくなっていると思われるのだが、
激しいめまいで動けなくなったのも、この耳の不具合に起因するものとされている。

左耳は常時激しい耳鳴りがする。
もし普通の健康状態であれば瞬時に「おかしい!」と思える激しさだ。

しかしこれはその日その日の体調や時間帯によるようだ。

朝の寝起き一番は「ん?治った?」と思えるくらい何ともない。
しかし、普通に行うルーチンをこなしているうちに段々耳鳴りが始まる。
午後になるとより顕著になる。

先に書いた最初の3日間は、少し耳鳴りがし出すとすぐに吐き気と共に気持ちが悪くなり、
動くのも怖く、横になるしかなかった。

そんな日が続きふと考えた。「こんなことではこの先過ごしていけない・・・」と。

でも、考えてみれば、確かに耳は片方聞こえないが、
それ以外の部分には問題ないはずじゃなかったっけ?
ちょっと気にし過ぎではないか?

先日の激しいめまいで動けなくなったのも、
こんな耳が一瞬聞こえなくなったときから始まった。

耳鳴りが激しくなると、その時の恐怖を本能的に思い出し、
「体が勝手にダウンしているに違いない」、と思うようにしてみた。

すると、それから数時間もしたら不思議と起き上がって普通に
(でもないかも知れないが)動けるようになった。不思議だなと思った。

ようやく耳鳴りに「慣れた」のかも知れない。

一旦自信(?)みたいなものがつくと、いくら耳鳴りがしようとも、耳が聞こえなくとも、
気にせず比較的普通に動けるようになった。

動ける、と少し自信がついた翌日27日は、自宅療養中ではあったが、
自分自身の自信付けと、ずっと家にいた憂鬱を晴らすかのように、
車で行きつけのショッピングセンターや電気量販店などに行ってみた。
久しぶりでちょっと楽しかった。

その帰りに、以前知人に紹介してもらった市内の「酸素カプセル」の施設があるところに
行ってみた。

そちらの方には、先の入院中にHPのメールの問い合わせで事情を説明し、
お返事まで頂いていたので、
アポも取らずいきなり押しかけた僕でも快く受け入れてくれて、
そのまま今の僕に良いとされる高気圧酸素のカプセルに入って来た。


カプセルに入る前はかなりの耳鳴りと耳の圧迫感があったが、
カプセルを出た後しばらくは驚くほどそれらが軽くなっていることに気づいた。

それから時間が経ってしまえば、また「元の」ように激しい耳鳴りが戻って来るが、
少なくとも何か良い効果はあるようだ、と思わずにはいられなかった。

今回の再入院治療後の日常で、定期的に通うところとすることにした。

しかし、こんなレアな施設がごく身近に、
しかもこんなにお手軽にあるのも、考えてみればどこか奇跡みたいだ。

しかもそこは、「大会前(酸素カプセルに)入ると(水泳のいい)タイムが出るよ」という意味で紹介してもらった先だ。

その時は話だけ聞いて具体化したことはなかったが、まさかこんな全然違う事情で
本当にお世話になるとは・・・。
これもある意味奇跡!?

まあ、この辺はまた追々レポートすることにしよう。

先ずは明日からの治療再開だ。

実は今日も午後少し車で出かけたが、
途中から激しい耳鳴りと耳の強い圧迫感でクラクラしていた。

意識は一応はっきりしていたので、足がいきなり交差したりせず、とりあえずは
普通に歩いていて、傍目に見れば普通に見えたかも知れないが、

実際の僕は、いつまた立っていられなくなって、目が回るか最低でも座り込みそうな
くらいの不安で一杯だった。

こんな状態では職場復帰はおろかただの日常生活も危ぶまれる。

そうでなくてもこのままでは何もかも全部が全部絶対にいけない!!

さあ、明日に備えよう。

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2012年1月23日 (月)

さあ、どうしよう。

前回の記事でも書かせてもらった通り、今の僕は一大事である。

何の前触れもなく突然降ってきた激しいめまいによる卒倒と救急搬送、それに突発性の難聴。
それぞれが正に信じられないほどの突発。

難聴については、周囲でまれに聞く話ではあったが、申し訳ないことに、少なくとも自分には関係ないものと思っていた。
そう思っていたから、言ってみれば、関係ないどころか気にも止めていなかった、というのが正直な気持ちだ。
まあ、誰しも多かれ少なかれ同じような気持ちでいることだろう。そんなこと初めから知っている訳ないし!

しかし、極めて残念なことに、僕も該当することになった。
悲しいかな病気なんて、きっとこんなものだろう…。

先週12日に倒れ、そのまま入院して、2週間近く、いろいろ治療はしているが、状態はあまりよろしくない。

先ず左耳は今も全然聞こえない。
耳の器官がやられているせいか、普通に歩いていても、注意しないとどことなくふらつく。特にいきなり暗闇に入ると危なくて仕方ない。

頭を振ると(あえてそうすると)、振った方向に体が流れて行く感じがする。

どう割り引いて考えても、普通でないことはすぐに分かる状態なのだ。
それに明らかな耳鳴り(左)も常時だ。
(これは少し慣れた?かも。)

一応、病棟のベッドで休んでいる分には特に何ともないが、起き上がって動き出すといろいろ感じる。
今は病院にいるからこれでもいいのかも知れないが、いざ病院を離れたら上手くやれるのか、と不安になる。

でも、今の治療は、外科治療のようなものとは訳が違うので、処置後、線を引いたかのようには良くなるものではないだろう。


今の病院に転院して来た17日の最初、足(靴の部分)を縦に並べて両手を水平に開いて立つ、また、同じように両手を開いた状態での片足立ち。
どちらも目を開けた状態と閉じた状態でやるよう言われた。

最初の僕は全然バランスが取れず、特に目を閉じた状態では、信じられないほどすぐにどちらかに傾き、支えがなければそのまま倒れそうになった。

看護師さんに、「練習すれば上手く出来そうだ」と言ったら、「そういうものでもないけどそれは必要」といったようなことを言われた。

お陰さまで今は、まだたどたどしいものの、先の二つのテスト(?)は一応出来るようになった。少しずつでももっと訓練しないといけない。

今の悲しい状態になる前に戻ろうと思ったら、まだ相当な時間や訓練が必要になりそうだが、そこは頑張るしかないかな。
この先どうなるかな分からないけど、そうするしかないのだろうな。

つい最近まで燃えていた水泳はどうなるかな?

ちょっと今は何も考えられないな。


先ずは普通になってからだな。
いつのことになるやら…。

とりあえず気持ちだけは諦めないぞ、と言っておきたい。

残念ながら今はこんなことしか書けないな。

今日はここでおしまい。

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2012年1月17日 (火)

残念な話

前回ののブログでは、今年の水泳競技について久しぶりに触れたつもりであったが、

残念ながら、今僕は、思えば2年前にもあった時に同じくまた激しいめまいに襲われ現在入院中である。

正に何の前触れもなく、いきなりこんな突然の事態に陥ったのは先週12日木曜日の昼前のことだった。


しかも、今回は左耳の突発性の難聴もあり、めまいの原因もこの突発難聴によるものと思われ、
現在は左耳の聴力がほとんどない。一応めまいこそ収まったが、未だ頭のふらつきが激しく、
まだまともにまっすぐ歩けない。

もしこの状態で水泳のスタート台に立ったら、間違いなくすぐに落下するだろう。

そもそも今は、泳ぐことはおろか、プールに入ることすらも考えられないけど。


最初に入院した病院から、特殊治療のため、今日の午前、別の病院に転院した。
公共の交通機関を使ったが、自分の足で移動するのが大変だった。
今のところ退院の見込みは立っていない。上手く行って今月一杯くらいか??

自分自身悔しくてたまらず、この思いはとても言葉では人に伝えられない。
何度目覚めても、残念ながらこれはどうしても僕の現実のようだ。

ま、考えても仕方がない。

時計の針は戻らない。

明日からのことを考えた方がマシだな。

という訳で残念な話。

またいつか。

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2012年1月12日 (木)

我流「体幹」トレーニング(?)、「速く」より、「より進む」泳ぎを!

年が明けて10日が過ぎ、もう1月も中旬にかかろうとしている。
「正月休みの疲れをまだ引きずって・・・」なんて言葉も周囲でちらほら聞こえるが、実は僕も一昨日辺りまでそんな感じを引きずっていた。
まあ、僕の場合、未だ独身で「家族サービス的」な仕事(?)がある訳ではないので、ここで僕が言いたいのは、久しく離れていた水泳の話である。

僕にとっての「正月休みの疲れ」=「水泳練習休みの不規則感」に近い。
今年の正月は、楽しいまま幸せなままに過ごすことが出来たのでとても良かった。
これについてはどうのこうのはなく、ただただこれで本当に良かった。

正月休みが終わり、また普段通りの生活が始まると、合わせて水泳練習の日々も始まる。
今年は毎年定番の2月の大会に出られないことになったので、次の大会は4月の予定だから少し時間がある。
大会シーズンが始まると、もちろん練習はするが、なかなか腰を据えて基本的な練習をしない感じがある。(そうでもないか?気分的なものかも。)
今は体に特別な負担をかけない程度に、普段やらない「部位練習」に徹している。2月中旬辺りまではこの感じで行こうと考えている。

昨年自分のクロールの泳ぎについて様々な疑問を持った。
僕の泳ぎは完全に「FF泳ぎ」なので、中でも上半身、特に腕と肘の動き、呼吸の動作についてだ。

昨年最後の11月の鈴鹿の大会の時に、いつも水泳用品の出店を出されるところの親しい店員さん(彼は平泳ぎがめちゃくちゃ速い!)にその辺のことをちょっと聞いてみた。すると彼は「それは下半身の問題じゃないかと思う」と言った。

その言葉がとても耳に残ったのだが、僕の泳ぎはとにかく下半身が弱い。クロール(短距離)ならば、本当はキックも推進力にしなければならないと思うが、僕は昔からキックは体を水平に保つ程度(?)にしか考えておらず、ずっと腕力任せの「FF泳ぎ」で今まで来た。
この「下半身に問題が・・・」という言葉を聞いて、それ以降はキックの練習もきちん真面目にするようにしている。
時同じくして(かどうか分からないが)、僕が普段通うスポーツクラブで、僕が行かない陸上トレーニング(僕は水泳専門。もったいない!)のプログラムに「体幹トレーニング」といったものがあることを聞いた。水泳も陸上トレーニングをされる知り合いの方が、僕にこの「体幹」についての重要性を会うたびに言われたのもちょうどこの時期だった。

恥ずかしながら僕は、そもそも「体幹」って何?というレベルの者だが、自分でもちょっと考えてみた。
いろいろその方に聞いたりして思ったのは、水泳における「体幹」とは、乱暴な言い方をするなら、きっと腰の位置のことだろう、と思った。その方もよく「腹筋に力を入れて泳ぐ感じ」と言われるし。
その方とは、普段一緒に練習する訳ではないので、自分で適当に考え、腹筋に力を入れて、腰を浮かすイメージで泳いでみるとこれが意外にいい感じだった。
何よりも腕が前に伸びる感じがした。先の「下半身に問題が・・・」と言われたのはこのことかな、と思った。
少しそう感じ始めた12月からは足をゴムで縛り、ビート板も使わず、腕だけで泳ぎ、足が沈まないように腰の位置を気にしながら泳ぐ練習をしている。確かに腕は前に伸びる感じがする。逆にそうでないとちゃんと泳げない。ちょっときついけどこれが意外に面白い。

僕は左利きなので、左呼吸のときは「いい感じかも」と思えるが、やはり右呼吸の時はそうはいかない。どうすれば左と同じになるかを考えながら練習し続けて2週間ほどが過ぎ、ちょっと感覚をつかみかけた時に正月2日に鈴鹿の初泳ぎのイベントで結構泳いだ。

感覚的には、腕が入水して前に伸ばすタイミングで背中をそらす感じでお尻を浮かすイメージでいたが、これを続けると腰が痛くなってきた。腹筋背筋のトレーニングとダイエット(お腹が少し重い)が必要だなと痛感した。

この1週間、普段の生活に戻り、引き続き練習しているが、今晩もうひとつ少し気づいた。

それは、呼吸の動作をする時、動作の都合上体が傾く。そこで、腕を伸ばしきってプルの動作に入りながら傾いた体をフラットに戻すのだ。特に下半身を。

お尻は真ん中で割れているので、それを右と左のそれぞれ1個と考えて、
左で呼吸する時体が傾いているので、左のお尻に対し右のお尻が水面に対し少し下の位置にあると思う。そこで、プルの動作のときに右のお尻を(浮かすイメージで)左と同じ位置に戻すようにする。右で呼吸するときも右左反対なだけで考え方は同じだ。
こうやって泳いでみると、下半身が泳ぎの水の流れに乗って少し浮いた感じ(水の上に乗っている感じ)がする。
専門的なことは分からないが、「これはいいかも知れない」と思い、今晩は特に夢中になって泳いでみた。

泳いでいて普段よりも楽な感じがする。それに腕も以前よりも前に伸びている気がするので、端から見た感じはどうか分からないが、恐らく少し大きく(ダイナミックに?)泳げている気がする。ストローク数も25mで2回くらい減る。
この感じを専門書で検証する気はないが、きっといい感じに違いないと思った。

今年の僕の泳ぎのテーマは「『速く』泳ぐよりも、『進む』泳ぎ」を考えている。
今日を含め最近気づいた一連のことが今年の成績に反映できればいいのだが・・・。

水泳のことに関してはまだまだ思うところがたくさんあるが、正しいかどうかも分からないし、また追々触れることにしよう。

ちなみにこの1月8日でワタクシメのこのブログも3年目に入った。
更新頻度は1年目のようには行かないが、自分の「好き」に任せて細々と続けていこう。

そんな気持ちだ。

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2012年1月 5日 (木)

今年の初詣で願い、思う諸々

正月休みは今日で終わった。

今年の年末年始は僕の今の職場にしては標準的だった。昨年は大晦日まで仕事だったので、特に年末は少々ワサワサしていた気がするが、今年は世間並み(?)に29日から今日4日までしっかり休むことが出来た。

思い返せば1年前の正月は、胸の内に抱くものがあって、内心気ぜわしくもあったが、とにかくとても楽しかったのを思い出す。

今年は昨年のような感じとはちょっと違ったが、それでも心の中がとても楽しかった。
この年末も年始、とても嬉しいことがあった。

ところで、毎年正月は、幼少期に住んでいたところのすぐ裏にある地元の、いや、近所の人しか知らないような(そうでもないか?)小さな神社に初詣に行っている。幼稚園時代、主たる遊び場にしたところだ。

もう何年前のことかスッとは思い出せないが、一時期仕事のことで大いに悩み苦しみ、その年の正月は、例年のように「来年こそは」と思いを込めるも、それだけでは足らない気がして、それまであまり熱心でなかった初詣の形を変えた。

僕の地元名古屋で言えば、熱田神宮のような大きく有名な神社があるが、どうも人ごみに混じってお参りに行っても、ある種の「大衆行事(??大失礼!!)」と思え、「神様はちゃんと僕のことを見てくれているのだろうか」などと思い出し、たまたま思い出したかのようにその小さな地元の神社に行き出した。

するとその年の4月、会社での環境が大きく変わり、目の前の憂鬱や曇りが急に晴れたことがあった。
その直後は、同じ社内でも環境が全然違うので、まるで転職したような目まぐるしさがあり、そこでもかなり苦しんだ時期もあったが、次の年の初詣の頃には「本当に良かった」と心の底から感謝出来た記憶がある。当時僕も諦めずによく頑張った(かな?)。

まあ、初詣なんて、単に願掛け(他力本願?)の行事ではなく、結局は自分で自分をいろいろな角度から見返し、いろいろな意味で自分を戒めるためのものなのかも知れない、とその時思った。

何かの偶然で当時の僕のように、自分ではどうにも出来ないところで何かが働いて、思いがけず良い方向に向くこともごく稀にあるのだろうけど・・・。(そんなラッキーを生かすも殺すも結局は自分次第だ。)

でも、確かにあの時は「神様はいるのかな」と思った。
今手帳で見返してみたら平成10年のことだった。懐かしい・・・。

その年以降、この小さな神社には毎年欠かさず必ず初詣に行っている。
お陰様でその年以降、いろいろなことはあったが、何とか今日まで無事に来ている。

昨年からは、三重県時代の水泳のチームリーダーにお誘いを受けて、鈴鹿のプールで「初泳ぎ」なるイベントに出ている。そのついでではないが、先の小さな神社に加え、そのプールの近くにある大きな神社にも行き出した。

(※「初泳ぎ」のイベント⇒昨年は「みんなで2時間11分泳ごう」、今年は「みんなで2012.本泳ごう」だった。ちなみにその「本」とは50mか100mは各有志チームに委ねられたが、みんな100m(1往復)でカウントしていたみたい。)

僕は一応元三重県人で、今の広島に来る前7年半もいたのに一度も行ったことがなかった神社だった。

昨年その「初泳ぎ」のイベントついで(?)に行ってみたら、またまたとても大きな出来事があった。
この神社も、毎年の「記念行事にしよう」、と心に決め、今年もしっかり時間を取って行って来た。

しかし、こういった初詣のような行事は、先にも書いた通り、自分の中の気持ちの問題だと僕は思っている。
神様にお参りするのは、自分の中の様々な願いごとや思いを神殿の御前で繰り返し唱えながら神様に聞いてもらい、またそのことで自分の心の内を知り、自分を奮い立たせられるある種のスパイス的なものでもあると僕は捉えている。

もし自分がその願いや思いに向けて真摯に生きることが出来たら、その時は神様がどんな形かは分からないが、何かご褒美やチャンスをくれる、というものだろう。
きっとそういうものだろう。僕はそう思っている。

さあ、正月気分(?)もそこそこに、明日からまたいつも通りの毎日が始まる。

「良い年にしよう」なんて、まるで日常の「こんにちは」のように、決まり文句のごとく口々に言ってしまうものだが、こんな日常の「こんにちは」的な言葉にこそ、本当はとても深く、そしてとても大事なことが含まれているように僕は思う。

「体に気をつけて(大事にして)」、「今日も頑張ろう」、「無理しちゃだめだよ」、「車に気をつけて」とか・・・。もっといろいろあるな。

ここまでトとり止めもなくツラツラと書きなぐって来て、書き始めの予定(?)と随分内容が変わった気がするな。

ま、いいか。

結局自分を決めるのは自分、そして有難くも優しさと思いやりで自分に接してくれる人にはそれ以上の気持ちと感謝の念で応え、

共に「良い年!」を実感できる、そんな1年にしたい。
僕はそう思っている。

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2011年12月31日 (土)

今年にありがとう。来年もよろしく。

とうとう今日は今年最後、大晦日だ。

前回書いた25日日曜日の忘年会でのギター引き語り出演について、記事に書いたこと以外にも面白いことがたくさんあったので、本当は「番外編」として他にも書きたいことがあったが、あれから何かと忙しく、落ち着いてパソコンにも向かえず、どんどん日にちが過ぎてしまい、今更思い出したようにツラツラ触れるのもどこか「興ざめ」な気がするので、結局締められずに保存しておいた原稿は残念ながら(?)ボツにすることにした。

まあ、それでも思い返せば本当に楽しいイベントだった。日頃の練習の成果も存分に発揮出来た(と思う)。

細かいところではいくつか反省点もあるが、「宴会芸」としては良かっただろう。

練習に付き合ってくれた僕の有難いチームメイトにも、こっそり自前で録音(愛用のICレコーダーで)しておいたものも全編(11分)聴いてもらった。
練習の成果(?)も感じ取ってもらえて嬉しかった。喜んで(?)くれて嬉しかった。

その日のことは、この些細な出演ドウノコウノにとどまらず、
僕にとって、とても幸せを感じる「イベント」になった。

お陰で今、とても穏やかな気持ちで今年を締めくくる気持ちでいられる。

いかん、いかん、思い出したらボツにした原稿とはまた別にツラツラ書き続けてしまうところだった。

何はともあれ今日は12月31日。僕にとって何かと輝かしかった2011年もあと数時間ほどで終わろうとしている・・・。
昨日レコード大賞の番組で由紀さおりが歌った「夜明けのスキャット」ではないが、
「夜もながれず、星も消えない・・・」とはいかない。

毎年そうだが、やはり「新年を迎える」となると、どこか緊張(?)する気持ちにもなる。

冷めた言い方をすれば、それも、「今日があって明日がある」、と日々を過ごす中であまり意識的に考えないような、至極当たり前のことに過ぎない。

そんな元も子もない言い方をしてしまってはそれこそ「興ざめ」かも知れないが、年の終わりと初めくらいは、これもひとつの節目として、旧年のことは懐かしく、そして大切に自分の中に宿し、また新たな気持ちで新年を迎える気持ちでいたいものだ。

夜もながれず、星も消えない・・・、なんて言わないで、
来年は今年よりももっともっといい年になるよう己を信じてまた頑張ればいいだけのことだ。
そうだ、そうだ、簡単だ。そういうことだ。

来年の具体的な目標とか、様々な思いも僕の中には山ほどあるが、
それを今イチイチ書いてしまうのもまた「興ざめ」だろう。

いつもの僕なら、こうしてうだうだ書いているうちにうかっかり日付を越えてもいけないので
今日はこのくらいにしておこう。

今年もどうもありがとうございました。

来年も一生懸命頑張りますので是非よろしくお願いします。

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2011年12月26日 (月)

ドラマチックサンデー(?)の出来事

今日は普段通うスポーツクラブでの忘年会だった。

僕はまた今年も懲りずに昨年同様ギター弾き語りで出演させて頂くことになっていたので、日々の水泳の練習もさることながら、片方ではこの忘年会に向けてギターの練習もコツコツとしっかり練習していた。

今回演奏し歌ったのは桑田佳祐の「明日へのマーチ」、美空ひばりの「愛燦々」に「いちご白書をもう一度」の替え歌、「大忘年会をもう一度」とマメに(?)今回用に自分で歌詞をこしらえ、勝手に名前をつけた3曲だった。

先週日曜日に近場の公園に行って、たまたま練習録音した出来がとても良かったので、高をくくるつもりは決してなかったが、今週ももちろんしっかり練習はしたのだが、どうしてもその先週日曜日の出来を越えるテイクをなかなか取ることが出来ず、内心少々不安もあった。

でも本番の出来なんて、とことん練習したら「成功が約束される」と言うモノではなく、「成功する確率が高い」だけだ。

既にステージで発揮出来るパフォーマンスは備わっていると自分では思っていたので、あとは本番でどこまで落ち着いて「練習通りに出来るか」と考えていた。

水泳の大会でもそうだ。練習中で仮にベストタイムを更新出来る力が備わっていたとしても、本番で何かしくじって失敗することは多い。

要は、キチンと練習したことを前提とした上で、本番でいかに「普段の力を発揮するか」、が一番大切であり、一番難しいのである。

練習をすればするほど「失敗しない確率」が高くなるだけで、肝心な本番で変に緊張し過ぎたり、気負い過ぎたりすると、せっかく一生懸命練習して来ても、本番で普通に失敗してしまうものだ。

だから、練習中に上手く行くことはもちろん大事だが、失敗してそれを真摯に反省し、次に活かすことも同様に大事だと僕は思う。

ま、そんな固い(?)ことはいいとして、
今日は以前から有難いチームメイトと会う約束をしていたので、朝は普段仕事の人同じか少し早いくらいに起き、そのまま夜の忘年会に出かけられる用意をして車で出かけた。
有難いチームメイトとは、今日の忘年会の前にその有難いチームメイトの面前で、今日予定のプログラムを一度「通し」で披露することにしていたのだ。

お昼前に有難いチームメイトに会い、今年の春に一緒にお花見に行った場所で思い切って演奏をし、歌も歌った。ところがいくつか明らかな失敗をした。「ま、本番じゃないから」とその時は軽く受け流してはくれたが、有難いチームメイトは「もう一回練習した方がいいんじゃない」と促してくれた。そう促してくれたし、僕も失敗しない演奏をどうしても聴いてもらいたいと思い、後でもう一度別の場所で聴いてもらった。

この時は先の失敗の悔しさがあったので、ちょっとカッコつけて(?)披露しているフリでも、「ここ一番」の気持ちで集中し、声も大いに張り上げ、思いっきり気持ち良く歌った。
一通り歌った後、「ほぼノーミスだったと思うけど」、と言ったら有難いチームメイトも「そうだと思う。良かった。」と言ってくれた。嬉しかった。

どういう訳か分からないが、有難いチームメイトは「感動した」と言って少し涙も浮かべてくれた。僕も感動した。
そんな、仮にノーミスで上手く出来たとしても、そもそも人に涙を浮かべてもらえるほど立派なものではないのに、いろいろな思いが伝わった気がして嬉しかった。

夕方、忘年会、会宴の時間も迫り、そのチームメイトとは別れ今日の会場に行った。
大忘年会と言っても、人数は会員70名にスタッフ20名程度なので、これまでに何度となくやって来たはずのステージだった。

前回の記事でも書いた通り、今年は錆び切った自分の腕にも少し自信が付けられたので、昨年の汚名(?)を挽回したいという思いも強く、普通に緊張した。

僕のステージは、今日の日中の思いも込めて思い切って出来た。会場のウケも良かったと思う。自分自身十分楽しんで出来たのでとても良かったと思う。

僕の出番が終わってすぐ有難いチームメイトに「お陰さまで上手く出来た。すごく楽しかった。」と報告のメールを送った。

すると偶然にもメールを送り合うタイミングがほぼ同じだったのか、僕が送った内容を少し含めて他にとても嬉しいことを書いてくれていた。

その内容があまりにも感激だったので、いろいろな思いがこみ上げて来て、所構わず思わず涙が出てきた。

会場の席でいきなりポロポロ泣き出してはまずい思い、宴は盛り上がっている最中だったが、申し訳ないと思いながらも、「今はこっちの方が大事!」と席を中座し、人のいないところに出て、改めてお礼と感謝の返事を送った。

そんなことがあった1日だった。

今日は、ホントは純然たるお遊びのはずの普段通うスポーツクラブでの宴会の日だったが、

今日1日のことは、それだけにとどまらず、これから先、決して忘れられない素敵な思い出の1日となったのであった・・・。

ありがとう。

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2011年12月19日 (月)

すは、日々通うスポーツクラブの今年の大忘年会!

またまた随分間が空いてしまった今回の投稿である。

前回は早1ヶ月ほど前、先月11月20日の水泳大会のことを書いたが、その直後から僕の中には穏やかならないことがたくさんあって、いや、たくさんと言ってもいくつもあった訳ではない。
一つだけのことだが、その中にたくさんあった。ワタクシメのこんなブログでも、この間が空いた期間、僕の中はとにかく穏やかではなかった。ただ、その穏やかならないことがあったお陰で、今こうやってやっとパソコンに向かう気になれた。とても良かった。
今は本当はその辺のことについて書いてみたいのだが、とても1記事に収まるレベルのものではないし、どちらにしてもここでは書けないので、いつか僕なりの私小説にしてみたい。

僕みたいなただの超ド素人以前の者が「小説」なんて大それたことを言ったとしても、誰も相手にするはずもないことは十二分に分かっているが、しかしこれは僕の中では本気である。

実は既に少しずつ始めているが、いつかそれが出来上がってみてどんなものになるか、出来たとしてそれをどう扱うかなど何一つ分からず、何か予定などあるはずもないが、それはそれとして自分記録の意味でも、どうしても書いてみたい。

それも「小説」と言う形で・・・。

そんなことはさて置き、僕の次の水泳大会の予定はずっと先で、来年4月以降の各地の短水路大会になる。

毎年2月は愛知県の大会に出ていたが、来年のその大会は例年の2月「第1日曜」ではなく予告もなく「第2日曜」になっていた!どこぞの大きな大会とバッティングしたらしい。

ちなみに僕はその大会にも日程が合わず出られない。

僕の今の仕事は土・日・祝が初めから休みと決まっていない都合上、今期(10月-3月)の休みの「要望」は事前に申し出ていて、その「要望」を考慮して半年分の出勤のシフトを決める制度になっている。今の職場環境からすれば極めて有難い制度だ。

今期(10月-3月)の要望を出す時点では、先の2月の大会の日程が決まっていなかったため、例年通り「2月第1日曜」を休みの要望とし、それ以上のことは要望していなかった。

たまたま翌週の日曜日は仕事になっているので来年の2月の大会は断念である。誰かと代わってもらうことも考えたが、元々僕は他の所員よりも要望が多いので、それは控えることにした。非常に残念であるが、ということで来年の2月は断念した。

今年の泳ぎではいろいろ迷いもあったので、時にはしっかり落ち着いた時間を取って、じっくり練習するのもいいかと思い、その2月の大会にはこだわらないことにした。

もちろん今も日々練習している。ただ、練習と言っても、いつものようにガツガツ泳がず、自分の弱点をそれと認識し、じっくりその鍛錬に当てている。4か月超という長いスパンではあるが、一応の計画は立てているので、1ヶ月後が少し楽しみになって来ている今日この頃だ。

それよりもここ直近の最大の関心は、来週25日(日)にある、今日々通っているスポーツクラブでの恒例の「大忘年会」だ。

100人くらい集まる盛大な毎年のイベントだ。去年このクラブ在籍3年目にして初めて参加させてもらい、当時もこの忘年会についてはこのブログでもいろいろ書いた。

5分程度の出しモノを募っていたのでほぼ2年振りに大人数の前でやる大好きな「ギター弾き語り」で出演させてもらったのだ。

その去年は、2008年の変な病気の後遺症(左手の指先が意図した位置から微妙にずれる)があり、それを改善させる目的で、勇気を出して手を上げ出演させてもらった。

人前に出演することになれば、当然その責任もあるし、自分もキチンとしたいので、「出来ない(出来なくなった)ものは出来ない」と甘えず、出来るようになるまで訓練(練習)する違いないと思ったからだ。

元々僕の弾くギターなんて鳴らすだけの言わば伴奏器でしかなく、ストロークのみで歌うだけの全然大したことないのだが、例えばギターで「F」のローコードであれば、中指薬指小指の位置が時々ずれる(薬指と小指はセットでずれる)。

もっときつかったのはBm7(やF#m7)で、中指薬指がずれる。特にこのBm7の場合は、中指薬指の間に押さえない弦が1本入る(実際は手前で人差し指で押さえている)ので正直これはとてもきつかった。

下手でもギター歴だけは長い僕にとって、病気する前には考えもしなかった悲しい状態であった。それでも、当時散々練習し、完全に納得は出来ていなかったものの本番は何とかなった。

して今年今回は、お陰さまであれから1年、時間を見つけては細々と練習しながら、当時の不具合も(ほぼ)なくなり、かつてのように(?)そこそこ自信を持って弾けるようになった。

去年は口(ボーカル)、右手(ピック側)左手(弦の押さえ)のリズム感がそれぞれ微妙に狂っており、特に4分の4拍子でも、3連譜のリズムの曲などを弾きながら歌うなんて無理!と思えたものが今はほんのちょっとの意識で以前のように出来るようになった。

その3連譜リズムの曲と言えば、実は今回の忘年会の選曲の中に入れたのだが、去年その場でやりたいと熱烈に思った、ずっと以前は得意(?)にしていた有名な曲があるのだ。

平日はなかなか大きな音(声)を出して練習出来ないので、今週は有難くも土日休みで、前からこの土日はギターと歌の徹底練習に当てていた。
今日日曜日は、会社のゴルフコンペのお誘いもあったが、今回はギターと歌の練習のために「用事がある」と言って不参加とし、今日は朝から近場の大きな公園で思いっきり練習して来た。
ゲートボールに集まるおじいちゃんおばあちゃんが僕を珍しそうに(?)遠目に見ておられることがあったが、僕は「これも観衆」と思い、構わず思い切って練習して来た。

去年練習用に買ったICレコーダーがあるので、それをちょうどいい高さの木の枝にぶら下げて、それをマイクと見立てて忘年会本番を見越し、「サラッと」出来るようにと、天気は良くとも寒風吹きすさぶ中、「これでもか」とばかりに繰り返し練習して来た。とても面白く、またとてもいい練習になった。

夕方前になって、いつもの有難いチームメイトと会うことが出来たので、午前中練習で録音した今回の予定にしている3曲と他ちょっと(チームメイトが好きな曲も練習した)を聴いてもらった。
とても楽しんで聴いてくれて嬉しかった。部分部分でもう少し詰めたい部分もあるから「まだ荒削りだけど」と前置きしたのに「もう十分出来ているんじゃない?」と褒めて(?)くれて素直に嬉しかった。

スポーツクラブの忘年会の話(「弾き語り出演」の話も)はしていたが、そんなもの(ギターと歌の練習録音)をいきなり持ち出したのに、喜んで、また楽しんでくれたのが何よりも嬉しかった。
実際僕はこの有難いチームメイトのお陰でいろいろ動けるしいろいろ頑張れる。
僕にとって本当に本当に有難いチームメイトなのだ。

まだ時間は1週間もある。予定している曲をもっと熟成させ、本番を盤石にすることと、万が一のアンコール(?そんなのないか・・・?)に備えてあといくつか用意したい。

ああ、すごく楽しみだ!
今日の練習で更に楽しみになった!

明日の仕事は時差の日で、昼からの出勤なのでまた練習出来るな。

あー楽しい。頑張るぞ!

201112182※本日の練習場所

真ん中の木の枝にぶら下げているのが練習録音用のICレコーダー。

期待以上に以上に忠実に録れる!
これは使える!

しかし寒かった!
でも面白かった。

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2011年11月24日 (木)

一応のベスト更新!懲りずに「次はもっと!」の今の気持ち

いやはや、いつの間にか11月も終盤、もう12月になろうとしている。
自分が書きたいだけのこんなワタクシメのブログであるが、自分自身でも「もう辞めるのか?」と問いたくなるほど間が空いてしまった。

全部は書けないが、この1ヶ月はいろいろなことがあった。

一応、自分自身の「ライフ」と位置付ける水泳競技に関することをメインのテーマとしているつもりだが、この1ヶ月はグダグダとその水泳についてあまり触れたくない気がしていた。
もちろん練習は日々しっかりしていた。

先月の松山の短水路大会では、あまりにも不本意な記録で自分自身ショックを受けた。
その後自分なりにいろいろ振り返り、もう1年以上前、あれほどまで自信満々で掲げた「脱・サウスポー宣言」も残念ながら撤回することにした。

自分として「理想」と考えた一つの形だったのに、それをもいきなり撤回するに至ったのは、自分の中で考えざるを得ない重大な欠点に気づいたからだった。自分の中で「脱・サウスポー」を掲げ、数々の大会をこなし、ずっと「次につながる(はず)」と無理無理考えていたが、いい加減そんな悠長なことを言っていられるレベルの話ではないと感じた。それが先月の松山の大会だった。

確かに、不得手な「右腕の掻き」にはそこそこの成果があると感じていたが、これまでの結果を見る限り、元の得意な左腕の良さ(?)を殺している(に違いない)と考えた。

右はまあまあでも、左の掻きがあまりにも単調で、掻いてはいるがそれほど進んでいない掻きになっていることに気付いた。前から薄々感じてはいたが、右を仕上げようと思うあまり目をつむっていたのかも知れない。
松山の大会で大ショックを受け、普段はほとんど見ない水泳の教本を見て「はっ」と気付き、その晩の練習でその本が言っていることが分かり、即座に「脱・サウスポー宣言」撤回を決めた。

それから1ヶ月、松山の大会の反省と「脱・サウスポー宣言」撤回を思い、いろいろなことがありながらもしっかり練習した。

そして先日20日、今年最後の大会、三重県鈴鹿の「オールマスターズスイミングフェスティバル」に臨んだ。
出場したのは100m自由形と200m自由形だ。
この1ヶ月、随分練習は積んだつもりであったが、すぐに成果が出るものではいと思いつつも当日は今ある力を存分に出そうと大いに頑張った。

1つ目の、100m自由形は1:08.56だった。

前回「不本意!」と落ち込んだ松山の大会では1:09.24だったから、何か言うほどタイムは上がっていないし、そもそも短水路の100mで1:08~秒では特筆すべき評価は語れない。

レース前、「練習の成果を出すのだ」と散々自分に言い聞かせたつもりだが、レース中のことは何も覚えていない。号砲が鳴って飛び込んだところまでは何となく覚えているが、最中、体のどこかの部位をああしてこうして、なんて、レース直前まで考えていたことがちゃんと出来ていたかどうかも何も分からない。

おまけにその時知り合いが誰もいなかったので、前半50mを何秒で折り返したのかも何も分からない。

多分前半はそんなに良くなくて、きっと折り返し壁を蹴って33秒台だったのではないかと想像している。

最後100mまで存分に頑張ったとは思うのだが、終わった後がすごく楽だった。緩く泳いだ気は毛頭ないが、とにかく楽だった。恐らく、これだけは練習の成果かも知れないと思った。

終えてみて、今の練習を真面目に続ければ、次こそはきっといいタイム(2006年5月の短水路100mのベスト1:06.78に迫るか越えるタイム)が出せるはずだ、と思った。
ちなみに人生ベストは高校時代の1:02.12。(長水路)
僕にとってはもはや天文学的数字!

100mが終わって続いては5時間後夕方の200m自由形。
体には午前中の100mの負担はほとんど残っておらず、こと200mについては「ベスト(2010年5月、2:32.67)を更新しないと帰れない!」くらいの気持ちでいた。

出場前はとにかくすごく緊張した。一応少々の自信はあったので「気負いまくった」感じだった。

200mは確かにキツイが、いつも終わってみれば「あっと言う間」なのでそんなに緊張しなくても、とは思うものの、出場までの待ち時間が気分的にとにかく長い。僕と同じレースを泳ぐ人も同じようなことを言っていた。

「あ、俺だけじゃないんだな」と思ってみても、それでどうにかなるような心境ではなかった。気が小さい僕はとにかく緊張した。

200mについては、100mで最中何も覚えていない反省もあったので、考えているプラン通りレースを遂行しようと気を確かに持ちスタートした。

結果は2:31.56!やった!ベストだ!(-1.11秒)

練習の成果が出せたタイムかどうかは分からないが、取りあえずベストなので素直に嬉しかった。
先月松山でショックを受けた時も一緒だった関東の知人には、その時は人の話も耳に入らず落ち込んで寡黙だったのに、ついつい聞かれてもいないのに(?)ああだこうだと饒舌になってしまって後で恥ずかしくなった。次は2:30を切ることを目標に頑張りたい。

今回の大会では、一応嬉しい結果は残せたが、この1ヶ月の思いや積んだ練習の成果がそのまま出せたとは思っていない。僕の泳ぎにはまだまだ改善すべき点がとても多い。
先の「脱・サウスポー宣言」撤回も、今は本当にそれでいいのか?と迷っている。

今の一番の課題はもっと上半身に体重を乗せられるような、右も左もない「ケツプリ泳ぎ」ではないかと考えている。(勝手に命名した。)

次の大会は今のところ来年4月の予定だ。
今から半年近くあるので、今一度じっくり自分を見直し、来年こそは今持つ自分記録をごっそり塗り替える勢いで来シーズンに臨みたい。

水泳は本当に面白い。
いろいろ悩みながらも、懲りずに「次こそは」と頑張る気持ちで一杯の僕なのである。

サボり続けていたこんなワタクシメのブログも、自分修業のためにももう少しキチンとしたい。

おしまい。

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2011年10月27日 (木)

「脱サウスポー宣言」撤回!

誰に言われた訳でもない。

思えば2009年の2月、3月辺りに掲げた私の「脱サウスポー宣言」であったが、ここへきて当宣言を撤回することに決めた。

不本意であった9月のレインボーカップ、また、先日の愛媛県マスターズ以降、自分の泳ぎには「重大な欠点」があることに気付き、結果に落ち込むよりもそれはそれとして真摯に受け止め、シャカリキに練習して来た。

しかし今日の練習で様々なことを考え、決めた。

結論としては標記の通り

「脱サウスポー宣言」撤回!である。

書きたいことは山ほどあるがそう決めた。

今日はもう遅いので書くことは出来ない。
また日を改めて後述したい。

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