2012年3月13日 (火)

これからが本当の(自分との)闘いかも

今日は日曜日出勤の代休で休みだった。

平日の休みは久し振りだった。

たまたまシフトの都合で先週と先々週は月-金仕事で(一般的には普通だが・・・)、
しかもこの土日は連休でなく日曜日は仕事だった。

今の僕には結構キツかったので今日の休みは有難かった。

そして今日は近所の総合病院に行った。
先月の退院から1ヶ月ぶりだったが、この病院の劇的な改装には驚いた。

行ったすぐは院内で迷子になった。
病院の従業員も相当増えたように思えた。病院自体もかなりビッグになっていた。
患者の数も普段より多いように見えた。

病院自体は客商売ではないので、こんな改装やスケールアップで患者が増えるのは何でなんだろう?とか思った。

まあそんなことはいい。

今の僕の最大の関心は、残念ながら突発難聴を患った後遺症と体調の回復だ。

今日の病院の診察で聴力検査をしたが、
検査の結果は自覚にもある通り何も変化はなかった。

突発の難聴を起こし、発症から時間を置かず、すぐの治療で改善しない場合、
聴力は「そのまま固まる」と言われている。

残念ながらこの手の難聴が残ってしまった場合、病院では治せないものらしい。
(と言って治せる術も聞いたことがないが・・・。)

実は、僕の職場にも同じ経験をした人がいる。
その人も仕事中にいきなり耳鳴りと共に方耳が聞こえなくなり、すぐに僕と同じように高圧の酸素治療を受けたが改善しなかった方だ。

もう2年前のことだそうだが、その方は当初から難聴に伴うめまいや耳の詰まった感じはないそうなので少々羨ましい。(羨ましいという言い方は良くないな!)

今も尚、僕は左耳の激しい耳鳴りや耳閉感(耳が詰まった感じ)に苦しんでいるが、退院して1ヶ月経った今にして思えば少しだけ、ほんの少しだけ軽くなった気がする。

少しは慣れたのだろうか?

退院したばかりの頃は、今よりも体調はずっとキツかったと思うが、
(とりあえず)退院できた喜びで気分も高揚(?)していたように思うが、

あれから1ヶ月が経ち、特に改善もないまま普通に生活していると、今の状態は決して快方に向かうような「特殊」な状態ではなく、

現実としてこれからの「普通」なのだ、と思うとちょっと気分も沈んでしまう。

いて、今日の診察で先生に言われたことは、「もう何をしてもいい」という判断だった。
「何をしてもいい」という言い方は少し無責任(?)にも聞こえたが、こんな症状を治すことが出来ない医者としてはそう言うしかなかったのだろう。
まあ、これはこれで僕も理解しているつもりなので文句を言う気はない。

しかし、先に書いた方も、他に世間で苦しんでいる人たちもそうだが、この難聴に伴う耳鳴りや詰まった感じは皆どれくらいなのだろう。
客観的に比較は出来るはずがないので、考えるだけ無駄と思うが、自分の今はどれくらいのレベルなのかな?とつい思ってしまう。これも無駄な考えだな。

問題はこれから僕自身がどうしていくか、どうなれるか、だと思っている。
医者に「何をしてもいい」と判断された今、

いろいろな意味でこれからが本当に自分との闘いなのかな、と思った。

「何をしてもいい」と言うことはもう普通に泳いでもいい??

今は一応またプールに通い出したが、自分自身少し不安(まためまいとか・・・?)があったので、プールを歩くことに徹しているが、ところどころ軽く泳いでみて泳げないこともない。
まだ筋力にも持久力にもかなり難があると思うが、そろそろ思い切っていってみようかな、と今日思った。

こうしてPCに向かっている今は、ちょうどこれからそのプールに出かけるタイミングだが、どうかな?「プール歩き」中心でも「泳ぎ」をもっと増やそうかな。

どっちにしても自分の状態を一番知るのは自分自身だと思うから、
決して無理だけはすることなく、もう少し自信持ってもうちょっと頑張ってみよう。

今はそんな気分だ。

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2012年3月 4日 (日)

頑張ってプール(競泳)通常復帰を目指そう!

先日2月27日、退院して2週間近くが経ち、僕は1ヵ月半振りにプールに再び行き始めた。

そう、1月半ばからちょうど1ヶ月ほど間大いに苦しんだ難聴とめまいの影響でずっと休んでいたスポーツクラブに久しぶりに行ったのだ。

僕の両耳は、治療の都合で入院中小さなチューブを通していた。
鼓膜を切開し、小さな小さなチューブを通していたのだ。
退院する前日に治療は「打ち止め」となりそのチューブを抜いた。
しかし、鼓膜が完全にふさがるまでは「プール厳禁」と言われていた。

退院して1週間後の先月20日に近所の病院に行き、診察に合わせて耳の状態を診てもらったら
「もう大丈夫」とは言われてはいたが、万一鼓膜の穴から中耳に水が入りでもしたらまた大事なので、それから1週間は念には念を入れプールも控えていた。

もう少し言えば、体調がそこまでの状態にもなかったので大事をとって控えていた。

先週の木曜日はたまたま仕事が休みだったが、その日は僕にとってとてつもなく大きなイベントがあったので、その前に何かあっては悔やんでも悔やみきれないと思いプールも控えていた。

そしてプールに行き始めた日は体調も「そこそこ」良くなり、様々なタイミング的にも「今日から行こう」と思える気分になった。

その日は、それまでは毎日のように行っていたのに、さすがに1ヵ月半ぶりだったので少し緊張もしたが、普段このクラブで僕のことをかまってくれる(?)スタッフが休みだったのか姿が見えなかったので少し寂しい(?)無難な再開となったが、顔見知りの人には「随分ひさしぶりじゃないの?」と声をかけて嬉しかった。

一応自分の状態を軽く説明した。
耳の状態は芳しくないものの、とりあえずは普通に会話も出来たし、何となく気分も高揚していたのか、そんな人たちとも明るく笑顔で振舞うことが出来たので、端から見る分にはなかなか僕の状態は分からないだろう。
ま、そんなことを事細かに説明して分かってもらわねばならないものでもないのだが・・・。

その日プールの監視員にいた、まだ学生で、泳ぎも素晴らしい若者には、普段からよく水泳の話題をするので、実は・・・と少し話をしたら、普段の振る舞いからは想像も出来ないくらい(失礼!)親身になって僕の話を聞いてくれた。
内心「もし逆の立場だったら僕はここまできちんと人の話を聞けるかな」と思えるほどだった。
年のことを言えば彼なんか僕の半分くらいなのにきちんとした人だな、と少し驚きもした。

それから、今は無理せず、プールに行きたいと思える日には行くようにしている。
ただ、プールに行ったとしても今は体力も筋力も随分衰えているし、耳鳴りも相変わらず強く、ごく若干のぐらつきもあるので、今は「プールを歩く」ことをメインにしている。
今まで、プールを歩くことは、心の中では少しバカにしていたような気持ちもあったが、いざ実際に歩いてみると(歩き続けてみると)意外にキツイ。

ある程度歩き続けると、息もハーハーと上がるし、のども渇くので結構な運動にはなっているだろう。

再びプールに行き始めてからは、20往復(25mプールだから1km)歩くのを当面のノルマにしている。筋力の回復のために、プールに浸かった状態で「小さく前ならえ」の格好をして肘を体につけたまま左右に水を掻く動作で筋力の回復も図るようにしている。
そうしてプールを歩きながら、ところどころでビート板を使ったキックの練習や軽いプル(ビート板を足に挟んだ状態での泳ぎ)の練習もしている。
今はそんな感じだ。

やはり、陸上にいる時も、耳鳴りがひどい時は未だ若干のぐらつき感もあるので、これは泳いでいても同じで、泳ぎながらそう感じた時は陸上と同じように自分なりに修正(?)しながら泳ぐ感覚も少しつきつつある。(昨晩のプールで気づいた。)
「泳いで泳げないことはないな」、と言うのが今の感じだが、いきなりハードルをあげてもどうかと思うので、先にも書いた通り、当面は体力筋力の回復に努めたい。

ところで、僕にとっての水泳は、すなわち競泳であり、日々の練習の成果を水泳大会で発揮し、過去の自分を超えるのが最大の関心だ。
しかし、残念ながら今の状態ではその大会出場も見通しが立たない。

それもそうと、実は今年のマスターズのオレチーム更新もまだだ。

毎年11月から始まる次年度のチーム更新も、年末は何かと心身穏やかでなく、たかがチーム更新の作業の余力がなかった・・・。

今年の年明けすぐに手続きをするつもりでいたが、それもままならずすぐに今回の一件となってしまった。
やっと少し落ち着いて気づけばもう3月になってしまった。

まあいい、焦らず今月中くらいに更新の手続きをしておけば今年半ば後半の大会には間に合うだろう。実際自分の状態を考えてもそれくらいのペースになると思う。

決して本意ではないが、それも仕方あるまい。

それよりも、今は自分の状態をそれに向けられるよう整えて行くのが一番大事なことと思う。

少々時間はかかりそうだが、諦めずに頑張ろう。

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2012年2月20日 (月)

思い出す職場復帰初日のこと

先月12日からの入院生活も今月14日で終わり、15日から早速出勤した。

職場復帰もまさに1ヶ月ぶりだった。

退院翌日から出勤したのは、有給を「ほとんど使い切った」という事情もなくもなかったが、
それ以上に早く日常の生活に戻って体を慣らしたいという思いが強かった。

今回の入院治療では、いわゆる「全快」はしていない。

左耳はほとんど聞こえないし、耳鳴りもひどい。耳が詰まった感じは幾分軽くなったが、
状態としてはどう割り引いて考えても「普通」とは言えず、医者からも「その状態に慣れる」ことを勧められたくらいだったのだ。

入院で病棟にいる時は「これくらい(の状態)なら普通に生活出来そうだな」と思っても、入院中の病棟と普段の生活とは環境や状態が比較にならない。

1ヶ月も入院していたので、退院して、出来ることなら2、3日自宅で休み様子を見てから出勤したいという思いもなくはなかったが、
すでに1ヶ月も丸々休んでいたので、そこは会社に判断を仰がず、自分から「明日から出勤します」と申し出て、そのまま了承された。

退院した日は夕方出かけて知り合いに会ったが、状態も体調も不思議なくらい普通だった。車の運転も何ら問題なく普通に出来た。自分でも少し意外だった。
そしてその日は早めに寝た。

次の日、早速出勤することになっていたのだが、この1ヶ月、「目覚ましで起きる」という暮らしをしていなかったせいか、とにかく緊張してしまい、朝方4時過ぎに目が覚めた。
普段ならそこで迷わずもう一度寝るのだが、その日はそうも行かず、結局おきる予定の時間まで起きていた。

明らかな睡眠不足だった。

今回の難聴という病気には、疲れ、睡眠不足、様々なストレスが特にいけないと言われている。

職場復帰初日に「こんなに睡眠不足でいいのかよ」と正直少し恐くなった。

出かける時間が来て外に出て、会社に向かって歩いていたら、「あの日」不意に歩く足が勝手に交差し出した横断歩道に差し掛かった。

「あの日」は、ここで足が交差し、そのまま会社に入って15分後くらいに救急車に運ばれた。

回転めまいの恐怖が蘇る気がしたのでまっすぐ前を見ることが出来なかった。会社に入るまでの風景を見るのが恐かった。とにかく真下の地面だけを見ながら進んだ。
でも、このように、イチイチそんな恐怖をあえて思い出すようなことが一番いけないと言われているが、なかなかそうも行かないものだ。

「自分はもう回復しているのだ」、と自分に何度も言い聞かせながら廊下を進み、2階のいつもの事務所エリアに入った。
会う人会う人、口々に「久しぶり」とか「もう大丈夫なのか」などと声をかけてもらった。耳の聞こえもイマイチで、耳鳴りも大きいのだが、ここは普通に笑顔で「ありがとうございます。もう大丈夫です」と言った。

自分の席についても、同じだったが、とにかくいきなり予告もなく1ヶ月も休むことになってしまったことをお詫びした。

「困ったときはお互い様だから」、といった感じで特に何でもなかったように振舞ってもらえたのは嬉しかった。

周囲は皆気のいい人たちばかりなので、特に何かを気にして居心地が悪いような雰囲気もなく、言ってみればこんな不十分な状態で復帰した僕でも無難に過ごすことが出来た。有難かった。

でも、今思い返しても、復帰初日は正直とても苦しかった。

とにかく耳鳴りが大きすぎて聞こえているはずの右の耳まで聞こえが悪いように思えてきて辛かった。立ったり座ったりするのは何でもなかったが、スペースのコーナーをそれまでと同じようにクルッと回ると少しめまいではないが、若干のふらつきと言うか立ちくらみみたいな感じがして嫌だった。

この日は夕方6時の定時で上がったが、時間の1時間くらい前になると「あと1時間何としても耐えよう」という気持ちだった。

とにかく耳鳴りがひど過ぎて、気にしないつもりでもやかましくて仕方がなく、そのうち少し吐き気というか少し気分が悪くなって来ていた。

仕事を終えて家に帰れば何とかなるはずだと思い、とにかくこのまま平静を保ち時間が来るのを待った。

こうして復帰初日は最後フラフラになりながらも何とか無事終わった。

この日は前日全然眠れなかった反省があったので、早く帰り、早く夕飯を食べて、早く風呂に入って速やかに寝た。

今はそれまでの習慣であったプールに出かけることも考えていない。
それ以上に考えられない状態だ。

日に日に体を慣らし、いつかまた普通の状態になってみせないといけない。

ああ、今日も取り留めのないことを勢いで書いてしまった

遅くなってもいけないので今日はここまでにしよう。

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2012年2月13日 (月)

長い長い入院生活もようやく終わり!自分のハンディにならないよう頑張ろう!

いつの間にかこんなに長くなってしまった入院生活であるが、
「とりあえず」明日退院である。

再入院として今の病院に来て2週間が経った。
一番初めの時から見たら丸々1カ月にもなる。

まさかこんなに長引くとは思ってもいなかった。

今回の再入院は、元々1週間の予定であったが、
その1週間後に当たる先週の7日火曜日、

自分では何も変わっていない(良くなっていない)と思っていたが、
検査的には遅いなりに改善が見られたので、
「どうしますか?」となり、未だ休んだままの会社にも報告、連絡、相談をして、
予定より入院を1週間伸ばす格好となり、
そのまま追加治療を受けた。

正直なところ、先週の状態では恐くて退院するにほ不安が大きかった。
医者にもう1週間、と勧められたのは正直嬉しかった、というか助かった。


しかしながら、
結論から言うと、この1週間による治療効果はほとんどなかった。

先週の良くなり具合からすると、もう1週間治療を受ければすっきり良くなるのではないかとの期待も大いにあったが、
こればかりは「やってみないと分からない」という何とモドカシイもので、

僕本人にはその辺の事情はよく分かるが、
会社の者たちからすれば、一体何してるんだろう?などと思われていないか少し不安だ。
まさかそんなことはないと思うけど。

ま、何も効果がなかった訳では決してない。
機械で測る聴力はごく微量の改善しかなく、左耳は未だにほとんど聞こえない。

ただ、耳の詰まり感(耳閉感/ジヘイカン、という)は相当軽くなった。
これだけでもかなり過ごしやすい。
再入院前の自宅療養中、実はこれが一番キツかった。
それと、恐ろしいほど激しい耳鳴り。
耳鳴りも今はそんな苦になるほどキツくはない。(常時な鳴ってはいるが…。)
ま、検査で出ないところではそこそこの改善があったと思えるから、
間違いなく効果はあったのだ。
何かの資料を元に説明は出来ないけど。

冒頭で「とりあえず」退院、としたのは、決して「全快」とは言えず、
そんな状態だからだ。


明日は退院する日で、当然出勤は無理だが、
明日はたまたまシフトの都合で休日なので若干気が楽だ。

会社には15日から通常通り出社しますと連絡した。
さすがに追加の休暇指示はなかった。
(有給休暇をほとんど使い切った事情もあるが…。)

数日は自宅で体を慣らしたいな、という考えもない訳ではないが、
これまでシコタマ休み続けたことを考えれば、そんな贅沢も言ってられないだろう。


ま、悪いが、僕から言わせてもらえば、
多少仕事が大変でも、特に健康不安を持たずに普通に仕事が出来ることの方が何百万倍も幸せだ。

当たり前に仕事に出ているとなかなか気づき難いこともあるかも知れないが、
そういうものだと思う。病気をするとよーく分かる。


かつての営業時代、仕事への野心バリバリの頃、自分の仕事を邪魔をするとするなら、
それは自ら起こす不祥事と病気だろうと考えたことがあった。

ここで言う不祥事とは、車の事故みたいな単純なものと、
会社の重大な業務違反とかそういったもののことだ。

しかし、こう考えていた僕は、いつの間にかこんな後者の「病気キャラ」になってしまった。
悲しいことだ。

しかし、今回の突発性の難聴は、いわゆる不健康とか、病気とかとは
少し違う気がするのだがどうだろう。違うか、病気は病気か。
ごめんなさい。


ま、変なことを思う訳ではないが、
周りに聞いてみると、意外に僕と同じような難聴を起こしたことがある人は多い。

一事が万事ではないが、後天的な要素が多いとされる病気なので、
もしこれを読んでくれた人がいたら、くれぐれも注意して欲しいと思う。
こんなことになると、どこをどうめくってもいいことなんか一つない。

僕の場合は、もうこうなってしまったことはもう仕方がないから、
これはこれとして自分の中に受け止め、
これからいろいろ努力して、工夫もして、
今回のことが今後の自分自身にとってハンディにならないよう、
前向きに頑張りたいと思う。

今回はちょっと固い(?)内容だが、
長い入院生活を終えることになって、
今思うのはこんなことだ。

どんな状態でも、生きている限りは負けてはならない。

明日からも頑張ろう。


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2012年2月10日 (金)

長い入院生活と時間のこと。(本とエレベーターとスマホのこと)

毎度毎度似たようなことばかり書いてもいけないが、僕はまだ入院中だ。

前回も書いた通り、引き続き難聴にいいとされる高気圧酸素治療を受けている。
退院の予定は14日火曜日だ。
最近は少し調子がいいのでとても楽しみだ。

今回入院になったのは、この治療が出来る病院が自宅から電車で1時間から1時間半はかかるため、
その他いろいろな状況を勘案してこうなった。もし通院で通ったとしても往復と治療で
ほとんど1日終わるのでそれなら治療の前後は安静が望ましいためだ。

状態としては、昨日辺りからようやく自覚レベルで改善を感じ始めており、会社を未だに休んだままであることは極めて申し訳ないのだが、
もうちょっと良くなってくれないと安心して生活も仕事もすることが出来ないので、ここは割り切らせて頂いて、きっちり治療予定をこなして、
今週の火曜とは違って、本当に退院したい!退院出来る!と思える状態と気持ちで、長くお世話になったこの病院を後にしたいものだ。
まだ日にちはあるから、こんなこと書くのはまだ早いな。
「切ると来るの法則」があっては元も子もないのでこの辺は慎重に行きたい。

しかし、ここでの治療のために再入院して1週間が過ぎ、
また丸々1週間延長となったのも、そこだけとらえると結構辛い。

大事な治療なんだから、辛いなんて言い方は決して良くないと思うが、
ある意味、病棟で持て余す時間の使い方がしんどい時はしんどい。。

最初12日のいきなりの入院と違って、今回は諸々バッチリ準備をして来たので、最寄り品などには不足がなく、
入院生活そのものはそこそこ快適である。

問題は空いた時間に何をするか、である。

再入院となる前の自宅療養中、実は今回「速読のトレーニング」をしてみようと考えた。
かねてより、やってみようと始めては挫折し、またやっては挫折の連続だった。

今回の入院は、恐らく相当時間を使えると思ったので、
「こんなチャンスはないかも知れない」と考え、
再入院の前日に本屋さんに行って、トレーニングにふさわしいと思える本を2冊買い込んだ。

1つは、テレビでも紹介されてご存知の方もおられると思うが、
「女性の方が、速読トレーニングをして150km/hの速球が打てる(当てられる)」ようになった、
というアレだ。

実際読んでみて、申し訳ないのたが、この本を読んだだけではとてもそれほどの技術が身に付くとは到底思えない。
しかし、もう1つ買ったものと合わせて読んだら、その2冊共に理解が深まり、要領は得たと思う。
もう1つとは、「高速大量回転法」と呼ばれるものだ。

後追いで調べてみたら結構有名なものみたいだ。
YouTubeでも紹介されていた。
方法はある意味原始的で、かなりシンプルだが、確かにこれなら出来そうだと、出来ないうちから説得力がある。

賢いやり方は何でもシンプルなんだな、と改めて気づかされた。

一応要領と理屈は理解したが、すぐに出来るものでもないだろう。
後はそれに基づく練習とトレーニング、訓練が必要だ。

今回この辺を得られたのはとても大きい。

入院前に持ち込んだ他の本5冊はもう皆読んでしまい、昨日売店で1冊追加した。
入院する前、持ち込んだ本をまさか全部読み終えて帰ることになるとは思ってもみなかった。

それにしてもトレーニングとして買って持ち込んだ本もなかなか良かったのかも知れない。

思えば、再入院前日の日曜日に市内の本屋さんで買ったのだが、その時は、出かけた後からめまいも耳鳴りもひどくなり、
まして本屋さんで本を探しながら目をキョロキョロさせたらめまいがひどくなってきて、かなり具合が悪くなった。
もう帰ろうかと何度も諦めかけたが、どうしてもトレーニングに有効と思われる本を買って帰りたかったので、そこは根性で探し、今回の本を見つけて買ったものだ。

今後も今回得た要領を忘れることなく引き続き訓練し、更なる熟成を図りたい。
しかし、なかなか面白いことになったものだ。


話は全然変わるが、
病院での時間のことで言えば、一つ言いたいことがある。
それはこの病院のエレベーターのことだ。

今いる病院は、地下1階から地上11階まである大きな総合病院で、僕の病棟は8階、よく行く売店は地下1階、11階にはちょっとした展望スペース、割りと高級そうなお寿司屋さんやおしゃれなカフェ、レストランがある。展望浴室(木曜日のみ)や図書館のような本のフリーの貸し出し施設もある。

そして、病院が大きい分、面会等に来られる人もとても多い。
通常使うエレベーターが3機あるが、これがとにかく来るのが遅い時は本当に遅い。
たまのラッキーもあるにはある。

僕の毎日の治療室は地下1階にあり、また売店にもちょこちょこおやつなどを買いに行くことも多く、8階と地下1階を往復することは多いのだが、
行きも帰りもかなり(?)時間を要する。
とにかくエレベーターが来るのが遅く、到着まで各駅停車のことも多い。

ある程度の高層ビルで、人も多いところはどこでもそうなのだろうか。
名古屋時代の会社のビルもそうだった。
エレベーターが2機あり、事務所が6で、営業車の駐車場が地下1階。
外出しようと下りのボタンを押してもなかなか来ない。アサッテの階をウロウロしていることが何故か多い。
そうしているうちに他にも下り目的の人らが集まり、「来まへんなあ」などと話ながら散々待ち倒して2機まとめて来て「何でやねん!」ということは確かによくあった。

ここの病院でもそうだ。地下1階から上に上がろうとしてもなかなか来ず、また段々人が集まり、まだかまだかと散々待ち倒して3機まとめて来たこともあった。ここでも「何でやねん!」と、知らない人とも顔を見合わせた苦笑することが何度かあった。

一体どういうオペレーションになっているのだろうか?
かつての名古屋のビルといい、ここの病院といい、全く似た状況だ。
一度本当に調べてみたいくらいだ。
1機だけ、途中昇降切り替えなしのピン切り昇降専用機があっても良さそうな気がするが、どうだろうか。
全体として見た場合、実はとても効率がいい仕組みが働いているのかも知れない。
まあ、いいんだけど、たかがエレベーター待ちでイライラしたくないものだ。

閑話休題、
入院暮らしの時間の使い方についてどうしても外せないのは愛用しているスマートフォンだ。
フルブラウザが指先一つでいくらでも見られるのは本当に楽しい。いろいろなニュースなどの情報は基より、
今の僕であればいろいろな調べものもある。
また、各種メールのやり取りなんかも出来るし、PCメールのチェックも出来る。
こんなブログの記事を書いたり、更新したり、様々な閲覧も出来る。その他使える要素は非常に多い。
本当は何か流行りのタブレットも考えたが、回線の準備が間に合わずそのままスマホであるが、本当によく触りたぐっている。。

スマホを使う上で問題になるのは言うまでもなく充電だ。

最初の入院の時はマイクロUSBに差す充電器を使っていたが、
マイクロUSBみたいにあんな弱々しいコネクタでは、寝そべったりしながら使うにはあまりにも不安で、やっぱりコネクタを1個ダメにした。

いろいろ調べて、ダメになったのが充電器側だったので助かった。これがもし本体側だったら修理だ。大変なところだった。

再入院に際しては、充電器は電池単体の充電器に変えた。僕のスマホはauで実質最初の本格スマホ(シャープのIS03)で、当時auでは最初みたいなものだったので大ヒットしたが、発売当初は電池持ちの悪さがかなり話題、いや、問題になった。
聞いてはいたが、こんなに持たないものなのか!と。

そこで、電池だけを単体で充電出来る電池充電器が後から追加発売された。
元々本体のコネクタ充電だけでは、弱々しくて心もとないのと、電池をいくつか予備に持っていても、本体でしか充電出来ないならあまり意味がない。使わない時に充電の取り置きとか面倒な作業がいる。
そんな訳でこの電池充電器はとても重宝している。
様々なスマホで、電池だけを単体で充電出来る機種はあるのかな。調べたことはないが、いつか次に使うスマホでもこういった使い方をしたいものだ。
サードパーティーでどこか出しているところはあるのかな?
今の携帯はとても調子も良く、とても気に入っているのでまだまだ使うつもりだが、そんなことも今から気になったりして。

今朝たまたまWebを見ていたら、@niftyのニュースの記事で、「スマホにするなら2年後がおすすめ。電池大問題。」という記事を見た。
今年からは新しく販売される端末は、いわゆるガラケーよりもスマホの方が多くなると予想されているようだが、そこで何故2年後なのかと記事を読んでみると、結局僕もそうだが、Androidスマホのユーザーは、充電と充電の間に恐る恐る使っているようなものだ、と、先にも書いた通り、電池持ちの悪さについて強烈にもの申す内容だった。

僕もそうだが、Androidスマホを使い慣れた者なら「まあ、こんなものか」とある程度の慣れと納得と対策も携帯していると思うが、確かに従来のガラケーと比べたら(比べていいのか?という話もあるが…)その差は極端に違い過ぎる。
Androidは、ユーザーの操作に関わらずいつも何か送受信しているし、様々なアプリでもそうだ。作りが違うと言えばそれまでだが、そのユーザーが意図しない何かの送受信が本当に必要な動きなのかどうかが分からない。送受信の実態も分からない。

どこかさんの何かしらの情報収集という話もあるが、それもエンドレスに必要なのか?という話だ。

それに、取説等にある連続待ち受け時間260時間とか、一体どう使えばそんなに持つのか!と言うことにも触れてあった。いくら何でも実態とかけはなれすぎでないか!と。
これは僕も試したことがあるが、SIMを差さずに(一切通信も通話も出来ない/携帯じゃない!)、画面も点けたり消したりせずに、ただ電源が入った状態で何も操作せずほったらかしておけばそのくらいは持つ。

取説が何と注釈付けようが、Androidスマホで200何十時間みたいな待ち受け時間はもはや天文学的数値とも言える。

記事にもあったが、朝一フル充電で、普通に使って昼には50%ということは何も珍しくない。僕も毎日そうだ。

そうなればあとちょっとでまた充電することになるのだが、そのことを、「充電と充電の間に恐る恐る使う」という表現で訴えていた。
僕は「まあ、こんなものか」と納得していたが確かに言えている。
従来のガラケーとは歴史も違うし、ガラケーは確かに性能が良すぎるので、単純に比較するのもどうかとは思うが、
いくらスマホでも、それを携帯電話と呼ぶなら、いちいち充電器も一緒に携帯しなくても、携帯電話として安心して携帯出来るくらいの性能とパフォーマンスは欲しいと思う。
確かにそうだ!

僕も「そういうもの」として、常に対策も携帯しているが、
先日家のすぐ側で横着して自家用車を脱輪させた時、自宅も近いから充電が少ないのは知っていたが、もう近いしいいか、と思った矢先のトラブルだった。
保険会社経由で車の救出を依頼したのだが、電話中や折り返しを待っている時に電池が切れやしないかとヒヤヒヤした。
車は完全に溝にはまっていたので、エンジンをかけてシガライターの充電器を使うということはしたくなかったのだ。

今ではユーザーもある種泣く泣く納得しているような内容について、急に思い出したかのように、まるでどこかキレたような感じで熱烈にもの申す記事でなかなか面白かった。

2年後、に関することはあまり触れられていなかったが、今後、スマホの電池持ちに関して、劇的に改善を図ることもスマホ戦略としてあるとかないとか…?
確かに現在は、省電力、電池持ちをアピールする機種はない。
今は電池持ちより通信速度の方が大きな売りになっている。
いやあ、スマホは面白いな。

今はテレビを初め、様々な工業製品が不景気と言われる中、スマホの周辺だけは景気がいいと言われている。

自分もそこそこのユーザーになって、今後の動向がとても楽しみである。

今回は、入院生活における時間をテーマにしたつもりで書き始めたが、随分違った内容になった気がする。

まあ、良しとしよう。

また明日も治療頑張ろう。

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2012年2月 7日 (火)

さあ、再び、に延長。今週はチャレンジ週間なのだ!

今日7日は、当初の予定では退院することになっていた。

しかし、この1週間真面目に治療を受けて来たが、自覚的に目立って良くなっていない。
体調そのものはとてもいいのだが、
とにかく相変わらず左耳はほとんど聞こえない。

これだけならまだ我慢(?)出来そうなものだが、
片方の耳の聴力がなく、左右の聞こえのバランスが悪いことで耳が詰まった感じがするらしい。
実際今一番きついのはこの耳が詰まった感じだ。

医療的にはこれを「耳閉感」と言うようだが、今はこの耳閉感がきつい。

耳閉感そのものはほぼ常時だが、気にならないくらい軽い時もあれば、
明らかにかなりきつい時もある。
この特にきつい時は未だに軽いめまいやふらつき、視線の定まらなさなんかがある。

自覚的にはこんな感じなのだが、
昨日受けた聴力検査的にはそこそこの改善方向の反応があった。
(これも検査の音を聞いて自分でボタン押しているんだけど…。)

自覚の状態については、先生に強がり(?)など言わず、正しく伝えたのだが、
検査的には上記の状態であり、先生曰く「良くなって来ているよ。どうしますか?」
となった。

どうしますか?とは、ここで治療を止めますか?それともあと1週間でも続けますか?
という意味だ。

当初、今回の再入院については1週間と予定しており、会社にもそう連絡していた。
1週間あればかなり改善すると考えていたのだ。(他の症例などと比較して)

ただ、自分の体がこんな状態であれば、普通は「どうしますか?」も、
どうもこうもないと思うのだが、一応僕も会社勤め人なので、
予定と違うことになりそうなので、とりあえず「弱ったな」と思った。

とは言え、今の状態で治療を終えて退院するには結構不安も大きい。

これはそのまま連絡するしかないと思い会社に電話した。
会社からは、「そういうことであれば治療を受けて下さい」と言ってもらった。
有給がもうすぐ底をつくということだったが、「あ、それなら…。」と迷うレベルの話でもない。

そんな訳で会社からも了承を得て、入院治療の延長が決まった。

これからまた1週間…。

正直かなり憂鬱になるがこれも仕方がない。
とにかく少しても良くなってまた普通の生活がしたい。
早くプールにも行きたい。

水泳については、どこまで出来るか全然分からないが、とにかくプールに行きたい。
そして先ずは1ヶ月も休んだ体力回復から始めたいのだ。
はっきり言って休養はもう十二分に取れているので、やはり早く体力を回復させたい。
今自分では分からないが、やっぱりそこそこ落ちているのだろうか。

この体力回復だけは、休んで出来るものではない。

耳の具合も決して良くはないが、
タイミングによってはかなり楽な時もある。

この調子であと1週間、今度は感じる自覚も含めて改善していたいものだ。

ただ、改善するかどうかは何も約束などされておらず、「するだろうレベル」の話だ。

だから、治療延長したこの1週間は、ある意味「チャレンジ週間」みたいなものだ。

普通、見込みが立たない場合は、
悪い方に振れる場合のことも考えて備えておくのがセオリーと僕は思うが、
今回についてはそのセオリーに反し、
良くなることだけを考えていたい。
でないとやりきれない。


こうしていろいろ思い付くままに書いてくると、
さも深刻な話に聞こえるかも知れないが、
本人は以外に冷静だ。

もちろん伴う不安もない訳ではないが、
どうにかこうにかなるんじゃないかなあ、
みたいな感じだ。

まだ途中だからこんなこと思えるのかな。

まあ、いいや。
とにかくこの1週間、あくまでもポジティブに、
今から大きく状況が変わっていることを願ってやまない気持ちなのだ。
(もちろんいい方向に!!)

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2012年2月 2日 (木)

普通者で行こう!

今日で再入院 して4日目になる。

今回の入院の中身は、出来るだけ安静な状態で、
先の入院時にも受けていた「高気圧酸素治療」を徹底して受けるものであるが、
やはり外科治療のようなものとは違うので、
効果の出方や、実感出来る改善の程度などは分かりにくい。

僕は今、突発性の難聴の状態で、今は左耳の聴力がほとんどない。

しかし、ずっと治療を受けていてほんのわずかな変化は出てきている。

例えば、携帯電話で時報を鳴らすと、何か言っているのは一応分かる。
時報の電子音ならより分かりやすい。
最初は正に「無音」だったことを思えばこれも少しは改善か。

病院ではテレビも観るが、今回は初めから相部屋なので常にイヤホンで聴いている。

もちろん聴くのは普通に聴こえる右耳になるが、
そのままイヤホンを左耳に付け替えると、
それまでは全く聴こえず正に「無音」だったものが、
最近はひどく音割れを起こしたような変な聴こえ方にはなるが少し聞こえる。
わずかに音がしているのが分かるだけだが。

しかし、こんな場合、最初左耳で聴いてみる時、音量を上げないと
(最大音量レべル。50とか。)何も聴こえなかったのに、

今は普通に聴こえる右耳で聴く音量で、左耳においても無音でなくなったのは、
少しは良くなってきているのかな、と思う。


入院は来週7日火曜日までになる予定だが、
恐らくこのまま左耳がスッキリ完治して退院することはないだろう。

難聴の治り難さは初めの段階からそう聞いている。
前触れなく、いきなり難聴を起こしてから、一応まだ早い段階なので、
そのまま0ではなく、出来るだけたくさん治療を受けて、
少しでも改善を図ろうとしている状態だ。

それがどの程度になるかは全く分からない。

僕としては、耳の聞こえは多少犠牲にしたとしても、
あの恐ろしいめまいの要素たけは取り除きたいと思っている。
一応お医者さんにもそう伝えている。

しかし、昨日は造影剤まで使って頭(脳)のMRIを撮ってもらったが、
やはり、今の状態が「外科的に」何か現れているものではなかった。
検査後、専門の先生にそう診断された。

僕が何かの症状を訴えなければ、何も気づかれず「至って正常」と
判断される状態ということだ。

それはそれでホッとするものもあるのだが、
今の僕は、それこそ目に見えない耳の感覚器官の障害なのだろう。
そうなんだろうとは思っていたが実際によく分かった。

でも、そういうものなら、何かの努力や訓練、または心掛け次第で
いきなり治ったりしないかな、と微かな期待がある。

思えば、悪くなる時もあそこまで「いきなり」だったのだから、
「その反対」があってもいいのでは、と期待する。

まあ、その辺のことはまた追々として、

有難いことに、長らく休んでいる会社でも、今回の治療について寛大に考慮してくれて、
決していいとは思わないが、特に責め立てられることもなく安心して治療に専念出来ている。本当に有難いことだ。
考えてみれば、1月12日から休んでいるので、もうかれこれ1カ月になる。
まさかまさかこんなに長引くとは思いもしなかった。

来週の職場復帰の際はそれなりに準備をして、
可能な限り万全の状態で復帰したいものだ。

とんな顔で行けばいいのか、今から固くなってしまう…。

また、我がライフの水泳であるが、
今は治療の都合で耳に水が入るのは極めてまずいので、
退院しても2週間くらいは泳げない。

しばらくは水中歩きとか基本的な体力回復に当てたいと思う。
とにかく体を動かしたい!
体を動かして汗をかきたい!
そんな気分だ。

そう言えば、恐らくそろそろ春からの短水路大会の要綱も来ているだろう。
今年は4月初め、また松山会場からの大会を予定していたが間に合うかな?
とりあえずはプールに浸かってさらっと泳いでみたい。
また、息継ぎの度に頭がくらくらしたりするのかな。するんだろうな。
でもそんなのも「慣れ」による改善も必要と聞くので頑張ろう。
2年前にめまいを起こした時もそうだった。

もっと良くなりたいけど、やっぱり早く退院もして普通の生活がしたい。
予定では今日を含めて後7日。
(木)(金)(土)(日)(月)(火)だ。あれ?まだもうちょっとあるな。頑張ろう。


普通でいられることは有難いことだ。
普通に普通でいたら、いちいちそんなこと考えないと思うが、
気づかないだけで絶対そうに違いないのだ。


ま、僕も、多少割引はありそうだけど、
間もなくそうなるのだからいいんだけど!

頑張ろう。

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2012年1月29日 (日)

さあ、明日から再び(残念な話の続き・・・)

しかし本当に自分でも驚くのだが、先日書いた僕の「残念な話」はあれから1ヶ月近く経つ今も継続中だ。

今月12日に激しいめまいで動けなくなり、そのまま普段行きつけの近くの病院に入院し、その後状態がはっきりして来たら、治療の都合でそこから電車で1時間くらいかかるもっと大きな病院に転院した。

そこで順調に治療を受けていたが、当初に聞いていた通り、治療施設の都合で24日に一旦退院し自宅療養となった。

明日30日からまた治療が再開出来るので再入院となる。

それにしても自宅療養となった24日から今日29日まではちょっと大変だった。
特に最初の3日(24、25、26)はとてもきつかった。

今回起きた突発性の難聴で、今僕の左耳はほとんど何も聞こえない。

耳の器官が何かの都合でおかしくなっていると思われるのだが、
激しいめまいで動けなくなったのも、この耳の不具合に起因するものとされている。

左耳は常時激しい耳鳴りがする。
もし普通の健康状態であれば瞬時に「おかしい!」と思える激しさだ。

しかしこれはその日その日の体調や時間帯によるようだ。

朝の寝起き一番は「ん?治った?」と思えるくらい何ともない。
しかし、普通に行うルーチンをこなしているうちに段々耳鳴りが始まる。
午後になるとより顕著になる。

先に書いた最初の3日間は、少し耳鳴りがし出すとすぐに吐き気と共に気持ちが悪くなり、
動くのも怖く、横になるしかなかった。

そんな日が続きふと考えた。「こんなことではこの先過ごしていけない・・・」と。

でも、考えてみれば、確かに耳は片方聞こえないが、
それ以外の部分には問題ないはずじゃなかったっけ?
ちょっと気にし過ぎではないか?

先日の激しいめまいで動けなくなったのも、
こんな耳が一瞬聞こえなくなったときから始まった。

耳鳴りが激しくなると、その時の恐怖を本能的に思い出し、
「体が勝手にダウンしているに違いない」、と思うようにしてみた。

すると、それから数時間もしたら不思議と起き上がって普通に
(でもないかも知れないが)動けるようになった。不思議だなと思った。

ようやく耳鳴りに「慣れた」のかも知れない。

一旦自信(?)みたいなものがつくと、いくら耳鳴りがしようとも、耳が聞こえなくとも、
気にせず比較的普通に動けるようになった。

動ける、と少し自信がついた翌日27日は、自宅療養中ではあったが、
自分自身の自信付けと、ずっと家にいた憂鬱を晴らすかのように、
車で行きつけのショッピングセンターや電気量販店などに行ってみた。
久しぶりでちょっと楽しかった。

その帰りに、以前知人に紹介してもらった市内の「酸素カプセル」の施設があるところに
行ってみた。

そちらの方には、先の入院中にHPのメールの問い合わせで事情を説明し、
お返事まで頂いていたので、
アポも取らずいきなり押しかけた僕でも快く受け入れてくれて、
そのまま今の僕に良いとされる高気圧酸素のカプセルに入って来た。


カプセルに入る前はかなりの耳鳴りと耳の圧迫感があったが、
カプセルを出た後しばらくは驚くほどそれらが軽くなっていることに気づいた。

それから時間が経ってしまえば、また「元の」ように激しい耳鳴りが戻って来るが、
少なくとも何か良い効果はあるようだ、と思わずにはいられなかった。

今回の再入院治療後の日常で、定期的に通うところとすることにした。

しかし、こんなレアな施設がごく身近に、
しかもこんなにお手軽にあるのも、考えてみればどこか奇跡みたいだ。

しかもそこは、「大会前(酸素カプセルに)入ると(水泳のいい)タイムが出るよ」という意味で紹介してもらった先だ。

その時は話だけ聞いて具体化したことはなかったが、まさかこんな全然違う事情で
本当にお世話になるとは・・・。
これもある意味奇跡!?

まあ、この辺はまた追々レポートすることにしよう。

先ずは明日からの治療再開だ。

実は今日も午後少し車で出かけたが、
途中から激しい耳鳴りと耳の強い圧迫感でクラクラしていた。

意識は一応はっきりしていたので、足がいきなり交差したりせず、とりあえずは
普通に歩いていて、傍目に見れば普通に見えたかも知れないが、

実際の僕は、いつまた立っていられなくなって、目が回るか最低でも座り込みそうな
くらいの不安で一杯だった。

こんな状態では職場復帰はおろかただの日常生活も危ぶまれる。

そうでなくてもこのままでは何もかも全部が全部絶対にいけない!!

さあ、明日に備えよう。

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2012年1月23日 (月)

さあ、どうしよう。

前回の記事でも書かせてもらった通り、今の僕は一大事である。

何の前触れもなく突然降ってきた激しいめまいによる卒倒と救急搬送、それに突発性の難聴。
それぞれが正に信じられないほどの突発。

難聴については、周囲でまれに聞く話ではあったが、申し訳ないことに、少なくとも自分には関係ないものと思っていた。
そう思っていたから、言ってみれば、関係ないどころか気にも止めていなかった、というのが正直な気持ちだ。
まあ、誰しも多かれ少なかれ同じような気持ちでいることだろう。そんなこと初めから知っている訳ないし!

しかし、極めて残念なことに、僕も該当することになった。
悲しいかな病気なんて、きっとこんなものだろう…。

先週12日に倒れ、そのまま入院して、2週間近く、いろいろ治療はしているが、状態はあまりよろしくない。

先ず左耳は今も全然聞こえない。
耳の器官がやられているせいか、普通に歩いていても、注意しないとどことなくふらつく。特にいきなり暗闇に入ると危なくて仕方ない。

頭を振ると(あえてそうすると)、振った方向に体が流れて行く感じがする。

どう割り引いて考えても、普通でないことはすぐに分かる状態なのだ。
それに明らかな耳鳴り(左)も常時だ。
(これは少し慣れた?かも。)

一応、病棟のベッドで休んでいる分には特に何ともないが、起き上がって動き出すといろいろ感じる。
今は病院にいるからこれでもいいのかも知れないが、いざ病院を離れたら上手くやれるのか、と不安になる。

でも、今の治療は、外科治療のようなものとは訳が違うので、処置後、線を引いたかのようには良くなるものではないだろう。


今の病院に転院して来た17日の最初、足(靴の部分)を縦に並べて両手を水平に開いて立つ、また、同じように両手を開いた状態での片足立ち。
どちらも目を開けた状態と閉じた状態でやるよう言われた。

最初の僕は全然バランスが取れず、特に目を閉じた状態では、信じられないほどすぐにどちらかに傾き、支えがなければそのまま倒れそうになった。

看護師さんに、「練習すれば上手く出来そうだ」と言ったら、「そういうものでもないけどそれは必要」といったようなことを言われた。

お陰さまで今は、まだたどたどしいものの、先の二つのテスト(?)は一応出来るようになった。少しずつでももっと訓練しないといけない。

今の悲しい状態になる前に戻ろうと思ったら、まだ相当な時間や訓練が必要になりそうだが、そこは頑張るしかないかな。
この先どうなるかな分からないけど、そうするしかないのだろうな。

つい最近まで燃えていた水泳はどうなるかな?

ちょっと今は何も考えられないな。


先ずは普通になってからだな。
いつのことになるやら…。

とりあえず気持ちだけは諦めないぞ、と言っておきたい。

残念ながら今はこんなことしか書けないな。

今日はここでおしまい。

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2012年1月17日 (火)

残念な話

前回ののブログでは、今年の水泳競技について久しぶりに触れたつもりであったが、

残念ながら、今僕は、思えば2年前にもあった時に同じくまた激しいめまいに襲われ現在入院中である。

正に何の前触れもなく、いきなりこんな突然の事態に陥ったのは先週12日木曜日の昼前のことだった。


しかも、今回は左耳の突発性の難聴もあり、めまいの原因もこの突発難聴によるものと思われ、
現在は左耳の聴力がほとんどない。一応めまいこそ収まったが、未だ頭のふらつきが激しく、
まだまともにまっすぐ歩けない。

もしこの状態で水泳のスタート台に立ったら、間違いなくすぐに落下するだろう。

そもそも今は、泳ぐことはおろか、プールに入ることすらも考えられないけど。


最初に入院した病院から、特殊治療のため、今日の午前、別の病院に転院した。
公共の交通機関を使ったが、自分の足で移動するのが大変だった。
今のところ退院の見込みは立っていない。上手く行って今月一杯くらいか??

自分自身悔しくてたまらず、この思いはとても言葉では人に伝えられない。
何度目覚めても、残念ながらこれはどうしても僕の現実のようだ。

ま、考えても仕方がない。

時計の針は戻らない。

明日からのことを考えた方がマシだな。

という訳で残念な話。

またいつか。

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«我流「体幹」トレーニング(?)、「速く」より、「より進む」泳ぎを!