2019年9月21日 (土)

「年内」の大目標について思う~時間はまだあとたっぷり3ヶ月~

今日は09月21日で土曜日。


土曜日であればリハビリデイサービス2。

そこ(=平行棒トレ)ではやりたいことがたくさんあるから楽しみだ。


前回リハビリの先生から、僕が年内の大目標とするものについて「ちょっと厳しいかも・・・?」と言われてしまった(>_<)。


それはそれで素直に受け止めている。

――僕も薄々感じている。――


あー、やっぱダメかあ~。

ではなくて、ではどうするか?だ。


だいたい、どうしても「年内」でなければならない、ということはない。

そもそもそんな拘束どこからも受けていない/受けるはずもない。


と言って、出来たら出来ただけ~では、いつまで経っても出来ない可能性もあるし、それでは日々のトレーニングに“ハリ”がでない。


自分で自分を追い込まないと出てこない“何か”もあることだろう。


「年内」と言ったって、まだたっぷり3ヶ月はある。


そして、リハビリデイサービスの新しい先生には、僕がどこを目指しているのかがちゃんと伝わったので、同じ歩く練習にしても見方を変えてくれるだろうと期待している。


僕なりにプランがあっても、様々なやり方や考え方、捉え方について、どうしても自分だけでは限界がある。


だから、先生とはその辺のところをよく擦り合わせて効果的にことを進めたい。

――日常的な鍛練はワタシの役目――


今回書けるのはこんなところか。



週末はまた天気が荒れるのかな?

世間は3連休だと言われているのに。


僕個人的には休みの日の雨は嫌いではない。

休み=どこかに出掛けなくちゃいけない、と考えがちな変な(勝手な)プレッシャーから解放される(?)ような気がして良かった。


もちろん、そこにゴルフの予定でも入っていれば恨めしい以外何物でもないけど。


今は雨も晴れもない。

そんなことに関係なく日々精進だ。


いいのいいの。

今はそういう次期。


頑張ります!







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2019年9月20日 (金)

今日を頑張る、そして来るべき未来が見られるのを楽しみにするのだ。

今日は09月も20日でまたまた金曜日。

20日と言えば月末の象徴。

もう間もなく10月だ。


日の進みについてグチャグチャ言うのは“なし”として、それでも10月は10月だ。


10月、11月、12月の3ヶ月でどこまで進めるか・・・。

これは一つ見もの且つチャレンジだ。


例えば12月であれば、必ず何らか今より進展しているはずだから、それがどの程度であるか・・・。


そうだ、これ(未来)を見に行くのを楽しみにするつもりで頑張ってみよう。


進捗が遅いことはあっても何も変わっていないことはないはずだ。


だからに“楽しみ”にするのだ。


(また“留守-中座”してしまう不安も全くの0ではないが・・・?)

(何もないうちからそういうことは言わない!)



何にしても今や09月も月末段階で今日は金曜日。


一週間の中で“緩急”と言うなら今日は“緩”か。


やりたいことはたくさんあるけれど、今日は少し緩めて行こうか。


いやいや、それでもあれとあれはやりたい。

(やっておきたい)


年内の目標として掲げることがいくつかある。

そのうち一番大きなことについて、リハビリデイサービスの新しい先生の見立てでは

「ちょっと厳しいのではないか・・・・・・??」

だった。


その先生はまだ僕のことをよく知らないんだ。


構うものか。

旗を下ろすことなく目標は目標として取り下げない。

そして何としても叶えたい。(たい、じゃなくて叶える!→まだまだその先もあるのだから!)


有り難いことにその先生は「一緒に頑張りましょう」と言ってくれているのできっと色々ヒントをくれることだろう。そこに期待したい。


でもそれを取り入れて考え考えしながら実行するのはワタシだ。


日々色々なことを考えるけど、希望を持って様々思考しながら色々チャレンジするのはそれなりに楽しい。

進みが遅いことだけはしんどくもあるが、これはそういうものだ。


僕のような身にあって(実感出来る)進みがあるだけでも相当幸せなはずだ。


10月がなんだ。(ってまた09月)

12月(未来)に向けて、その時の僕の状態が見られるのを楽しみにするのだ。

間違いなく今より進んでいるから!


そういうこと。


さあ、今日も頑張ろう。
















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2019年9月19日 (木)

「スマホ依存」はもはや“生活”!? & 目指す回復に向けてまたまた火を点けて。

今日は09月19日で木曜日だ。

最近は昼間もソコソコ涼しくなったようで、肌身に“秋”を感じる。


普段日常的に外には出ない。

でも昨日はリハビリデイサービスがあったので一瞬(建物と介護タクシーの移乗の間)でも外に出た。


そこでこんなことを感じたのだが、

(水)のデイはお迎えの時間が早い回だったので、それなりに着々と準備を済ませて少し余裕を持って待っていたら、出掛けに際し何とスマホを忘れて出掛けてしまった。

(余裕がある時ほど忘れ物をする?)


スマホ(かつてはケータイ)を忘れて出掛けるなんて、年に1度あるかないかだ。


今や手元にあって当たり前のスマホも、少し手元から離れるだけで不安(?)になったりする。


と言って、忘れて出掛けたものは仕方ない。


本当は現場の待ち時間で本(電子書籍)でも読もうかと思っていたのに、昨日は先に鞄に忍ばせておいた「数独」をするしかなかった。(これは忘れないルーティーンになっている)


その時現場で解いた問題は、順番的にそれほど難しくないはずなのにやたらと悩んでしまった。

(今やっている本は掲載の順番通りに難しくなるとされている)


そこでまた悪い癖が出ていた。


と言うのも、

「このレベルの問題で、そこまで難しい考え方は必要あるまい」等と勝手に(無意識のうちに)判断し、考えの幅を自分で狭めていたのだ。


お前何様だ?そんなに余裕あるのか?ってものだ。

これは絶対におかしい。


意識的に注意せねばならない。

自分の行動をそれとなく振り返りながら気を付けてみよう。普段の生活でも類似のことがあるかも知れない。


と、こんなこともあって、スマホを忘れた不安(?)だなんだは全然関係なかった。

(限られた一時的なものだったし)


昨今では「スマホ依存症」なんて言われ方をすることが時々あるが、今のスマホには色んな機能(機能以上に生活(?))か集約されていて、これを“依存”と言うのか?なんてことも思う。


“依存”の前に既に身に溶け込んだ“生活”のような・・・。

少なくとも今の僕はそうだ。


この辺もまたよく考えてみよう。


って“生活”だからなあ。



のっけから予定と違うことを書き出してしまったので元々の予定と大幅に変わった。


予定なんて言っても今の僕にはリハビリの具合のことしかない。


昨日は夢中でバラバラ書いたが、今思えば「それほどのことか?」と思わなくもない。


でも、何かが変わったことには違いない。

(昨日もそう思った)


更に研究と熟成を図って、テーマとする「加速度的な進展」に繋げたい。


色々あるけどそれしかない。

今日はあれとこれとそれとあれもしたい等と考える。


昨日のリハビリデイサービスでは色んな話が出来て良かった。楽しくもあった。


目指す回復に向けてまたまた火が点いた。

有り難いことだ。


とこんなところで

今日も頑張ります!




























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2019年9月18日 (水)

どこに何が転がっているか分からないからこそ・・・。~日々の思考と無心と意識の連鎖??~

今日は09月も18日で水曜日。

やったぜ。水曜日と言えばリハビリデイサービス!


先週は病院受診(定期受診)で休んでしまい残念だった。


(水)としては半月振りになる訳だから頑張って行きたい。



で、いきなりだが昨日の施設のリハビリがとても良かった。

昨日の朝にも予告した通り、セラピスト先生にお見せしたいとしていたものを発揮することが出来て少し驚いてもらえた(^^)v。


驚いてもらえることが目的ではないが、そんな反応を得られれば先ずは嬉しい。


それもこれも、普段のセラピスト先生のお教えと(自分で考案した)その発展型、日々「リハビリ自主トレ」での様々な試行錯誤、

それにリハビリデイサービスでの「平行棒」から得たヒントが大きい。


そういう意味でも今日のリハビリデイサービスがとても楽しみだ。


歩きの訓練については、一時“停滞”を感じてみたり、途中で不本意な“留守”があってみたり、何となくうやむやなままにボワーッとしていたものがちょっと晴れた気がする。


この感じ、傍目から見る分には“劇的”に変わっていないと思うが、僕の中ではか・な・り大きい。


もちろんこれで何かが完成した訳ではない、ある訳がない。


でも、次に繋げる重要なステップを踏んでいる気はする。


あまりハードルを上げてしまうと次が書き難くなるのでほどほどにしたいが、

この場合は“天然足”云々のように、どこかに負担をかけたり、痛める不安があったりするものではなく、

あくまでもイメージと感覚と実際のことだけのものなので、積極的に畳み掛けることは可能だ。


今日の「リハビリ自主トレ」もそう、リハビリデイサービスでもそう、その後の「日常の歩行器トレ」でもそう。


今掴みつつある感覚をもっともっと高めて自然、ひいては無意識の範囲に持ち込みたい。


そして、今取り組む様々なことがそれぞれに連鎖している感じもする。(意識の上でも)


Aを成そうと頑張ったらついでにBが出来て、更にCに気付いてDが出来る、ではないけれど、前にも書いたことがあるように、どこに何が転がっているか分からない。


その何か転がっているものが求めているものだとして、それだけを求めて動いてもなかなか遭遇はしない。


努力が大事、失敗も大事、継続が大事、といったようなことは、“こんにちは”みたくどこか慣用句であるかのようによく言われるが、これはやっぱり本当だ(と思う)。


先人の偉人達の大発見(エジソン、ファーブル、フランクリン、アルキメデス・・・イカン、他にもっとあるのに今思い浮かばない(>_<))も、執念で様々なことを繰り返した結果“たまたま見つけた”、といったようなことはよく聞く。

(最近の日本人のノーベル賞受賞者の話でもそうか。)


それとこれとが同じとは口が割けても言えないが、「類するところは同じ」としたい。


結局は、いつもの通り何かを考え(思考し)ながら常に”無心”で取り組めということか。


何だか、何か大きなことが出来たかのような言い口でいけないのだが、気持ちとしてはそんなのものに近い。


でも、実際は、成したいことの入り口の入り口を見つけただけのようなものなので、ここからも先に書いたことの繰り返しだ。


何だか知らない間に話が仰々しい方向に振れてしまった。


でも、これはブログとは称せ、ほとんど日記みたいなものなのでどうぞご容赦下さい。


これから先、もっともっと苦難難題が待ち受けていることは分かっている。


でもそれを打破するのは先に書いたようなことだと思う。


イカン、もうこんな時間。

時間がなくなってきた。


もう少し上手くまとめたい気がするがこれ以上は無理だ。


これで良かったのかな?

また明日フォローしよう。


といったところで今日も頑張ります!














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2019年9月17日 (火)

“我流”と“前のめり”への警告としての考察

今日は09月17日で火曜日だけど、気のせいだろうか、何だか日の進みが早いような・・・。

あ、こういうのはなしだった。


でも、いい。


各種リハビリがいい感じで進んでいる/進められている気がするから。

――ハードル上げていいのかな!?――



昨日都合で3日振りとなった「日常の歩行器トレ」はすこぶるいい感じだった。

要点は、足の運びのイメージを少し変えただけだった。

驚いた。

だから今日の施設のリハビリでの「歩行器訓練」がとても楽しみだ。


“天然足(足の装具を外す)”の取り組みは、右足天然足でも「リハビリ自主トレ」をそれほどまで手薄とすることなくソコソコ出来るようになってきたので、

これまで毎日朝のみ左右交互としていたローテーションを、

朝はダメダメな左足、昼はまだマシな右足、とパターンを変えてみようかと思う。

とにかく“天然足”で取り組む機会を増やしたい。


と言うのも、

先ず何よりも足を痛めそうな不安がなくなりつつあること。

“天然足”の取り組みで(装具がない分)足への負荷が増大することで各所――特に足首と膝――を痛めそうな不安が薄れてきたと感じる。


それに、昨日「日常の歩行器トレ」をしながら、“天然足”の取り組みがそのまま歩行訓練の充実にも繋がっている“感触”を得たからだ。――実際は分からない――


前者の、足を痛めることになりかねないことへの不安については重ね重ね慎重に慎重を期すところであるが、

後者の歩行訓練における良い感触を得られたことは大きい。


しかしながらそこで思う。


今やっている取り組みは“我流色”が強い。

――と言うよりほとんど我流――


「こうがいいんじゃないか」と僕が自分で感じることをそのままトレーニングメニューにしている。


もし何か誤っていれば、“良くない癖”がつくことを助長することになりかねない。


リハビリの先生には、「今こうしています」ということを正確に伝えて、良くも悪くもそれによる変化が出ていないかどうか、リハビリの時間においてその辺の監視もお願いたいと考える。


自分で良かれと思っても実際は“自分のイメージと全然違う”ということはよくある。

――かつてギターで歌を歌っていた頃がそうだった。自分では上手く出来ていると思っても録音して第三者的に聞いてみたら「こんなに下手なのか」と嘆かわしくなることは多々あった――


あとは、少々くどいが万一痛めたときの適切な対処だ。


諸々具合の良さから少し“前のめり”になっている今、仮にどこかに痛みを感じたとして、そこでスッと一旦中断出来る“勇気”があるか?という問題だ。


今のところその兆候はないからいいものの、これから先の問題だ。


万一どこか痛めたとして、それでもそこに目を摘むって無理やり続けたら、それはイカンとされる「焦り」に他ならない。


これらのことを決して蔑ろにすることなく

目指すところに向かいたい。


そんなところ、今日はちょうど施設のリハビリ日だから、この辺のことをいつものセラピスト先生に話してみたい。


元々「リハビリは開発だ」の指南してくれたのはこのセラピスト先生で、その時の“ご教義”の精神は今も僕の中で生きている。


上手く出来ていればいいのだが・・・。


とそんな訳で、少し小難しい(?)/訳分からん(?)記事になってしまったが、今考えていることはこんなこと。


当たり前の今日一日にも何らか意味を持たせて取り組みたい。

無駄に焦るつもりはないが、時間を無駄には出来ないのだ。


といったところで

今日も頑張ります!















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2019年9月16日 (月)

ここへ来て“天然足”畳み掛け~他にもやることたくさん!~

今日は09月16日月曜日。


そうか、今日は昨日の敬老の日の振替休日で祝日なんだ。全然頭になかった。

ま、関係ないと言えば関係ないけど。


昨日は日中外出していて、普段部屋でほとんどテレビを点けない上に、食事の際の共同スペースで点いているテレビを見なかった(近眼でちゃんと見えていなくてほとんど音だけ)から、テレビは見なくても“ノイズ”として入る情報に疎かった。


どちらにしてもまた今週の始まりだ。

また各種プランを明確にしながら頑張ろう。



昨日は久々に近場の喫茶店に行けて嬉しかった。


出掛けについては昨日も宣言した通り左足“天然足(装具装着せず)” で行った。


前に一度右足で“天然足”を経験していたので、そうすることでどうなるかを学習していたから良かった。


そうでもなければビックリしていたかも知れない。


と言うのも、やはり片足でも“天然足”となれば、ただ車イスに座っているだけでも疲れ方が違う、お尻への圧力、すなわち痛くなり方も違う。


それだけ普段から装具に助けられているということだ。


で、今はその装具を何とか外せないかと躍起になっている。


歩きに向けての訓練は相変わらずだが、これが叶ったとして、

(装具を付けて)歩けました

→装具を外しました

→装具を外したら歩けません


では具合が悪い。


だからこれはこれで躍起になってしまう。

(装具を付けて)歩かれるようになってから“さあ”では遅い。


この“天然足”の取り組み、最近思い出したかのように様々畳み掛けている感があるが、幸いどこも痛まないし、取りあえずの塩梅は上々だ。(十分注意しながら!)


でもこれは、決して“思い出した”のではなく、

(訓練が)出来る状態になっていそうなところに思い切って“食いついた”ようなものだ。


実は出来るのにやってないことがまだ他にあるかも知れない。

この辺貪欲にどんどん探って行こう。


ついでながら、装具を外した状態を経験することで装着した時に良い効果を発揮する(と思えた)のは意外だった。


どこに何が転がっているか分かったものではない。


様々な課題も、どこからか降ってくるのではなく自分で見つけるものだと思うから、その辺も十分意識した行動を取りたい。


あー、やることたくさんだ。

楽しく(?)なる


と言うことで、今週も“天然足”状態を上手く織り混ぜながらながら全方位で取り組もう。


「年内」とする見方をすればまだ時間はかなりある。


頑張ろう。



それにしても昨日の喫茶店での品々は皆美味しいものばかりだった。


それに、現場でのワタクシメのような“車イス者”に対する対応は、一般で来られているお客様も含めて“性善説”が成り立つ程有り難いものだった。


これにはとにかく頭が下がって止まないところだが、

いつまでもこれに甘えてはいられない。


出来れば僕がそう出来る人になりたい。


こんなことも含めて今日もガッツリ頑張ろう。

お陰さまでやりたいことはたくさんだ!




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2019年9月15日 (日)

日々の生活に“アップデート”を!~思い切ってやってみて初めて分かったこと等~

今日は09月15日で日曜日。


09月もアレヨアレヨと言う間にもう月の中日(なかび)だ。過ぎた08月よりもこれから先の10月の方が近い。


あ、こういうのは禁止だった(>_<)。

ついつい書いてしまったf(^^;。

10月(やもっと先)なんて、何もしなくても――待っていれば/待っていなくても――必ずやって来る。


こんなことよりも日々を“無駄にしない”ことの方がずっと重要だ。


さて今日はどうしようか?

と思ったら今日は母の誕生日が近いこともあって、妹母らと近場の喫茶店に出掛ける日だった。


久々の喫茶店、何食べようか?は今から気になる。

(小倉トースト、クリームオーレ、シロノワール・・・(*^^*))(→そう、コメダです。)


そして、先の話ではないが、どう時間を無駄にしないか、も思案するところだ。


そこで一つ思い付いた。


今日の外出はダメダメな左足を“天然足”として出掛けよう。(行って帰って来るのに少なくとも2時間はある)


朝のトレーニングは順番的に左足の番だが、

出掛ける機会で左足を“天然足”とするなら、

朝のトレーニングは右足として、

本来の順番である左足は外出での“天然足”で代替え。


この辺は臨機応変≧試行錯誤だ。


こんなことを考えるの、楽しくないことはない。

(二重否定)


一つのことに集中するのは普通に大事なことだが、

それもケースバイケースで、

いくつかのことを同時にして問題ないなら

“複数同時進行を是”とするのが僕の信条だ。


何か問題があれば必要に応じて都度修正すればいい。


とまあ、こんなことを考えながら日々のリハビリには懲りもせずに半ば夢中だ。


昨日のリハビリデイサービス2もとてもいい感じだった。


最近片足を“天然足(装具を外す)”として、“不足(不安定)の状態”を経験した上で、装具を装着して満足(安定)な状態とすると、

これまでと何ら変わらない同じことでもどこか違って感じられる感覚があった。


これはいい意味で、だ。


“天然足”の機会増とすることに少し不安があったが、こういう感覚を得られるのならどんどん積極的に行きたい。――他にも何かあるはずだ――


ただ、それでどこかを痛めてしまっては元の木阿弥なので、その辺はよくよく注意-観察を怠らないようにしたい。


今の僕に必要なタスクなんて、数え上げたらキリがない。


それを“教科書通り”一つずつ順番に、とは行かない。


ない知恵を絞って――時には専門家さん等に拝借して――日々の生活のアップデートに努めたい。


他に何かなかったかな?


よーく考えてみよう。


と言うことで今日も頑張ります!

喫茶店も楽しみです(*^^*)。



























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2019年9月14日 (土)

いつもと同じでも色々試しながらやってみよう!~(追伸)【「と言うことは・・・」「と言うことは・・・」の連発策!?】

さて今日は09月14日で土曜日。

楽しみにしているリハビリデイサービス2だ。

先日(水)を病院受診のために飛ばしてしまったのはとても残念だった。

その分、でもないが、今日は今日としてしっかり課題を持って取り組みたい。


お陰さまでこのところ全体的に調子がいい感じがする。


調子がいいとするなら、今のうちに“アドバンテージ”を稼いでおくこともそう――またの“留守”に備えてでもないが・・・――だし、何か新しい取り組みが出来ないか?の模索もしたい。


昨日は前にも書いた通り“天然足”で過ごす時間を増やしてみた。


これはこれでなかなか刺激的で良かった。

心配するほどどこかを痛めそうな感じはなかったので、慎重に状態を観察しながら積極的に進めて行きたい。

(どこか痛めるなら、“時間差”を置いて何か出てくることもありそうだから気を付けよう。)


足を天然化させると足の支えが“不安定”になるのだが、それを経験した上で装具を装着するとまた感じが変わってくる。


装具のON/OFFは、そのどちらにもそれぞれにその相対的効果をもたらすようなところがあってとてもいい(と思う)。


色々やってみてはじめて分かることは多い。

慎重は慎重で大事でも挑戦は挑戦でまた大事だ。


ここからはそのバランスも大事になるはずだから、自分の中にもう一人を設けるつもりで、積極且つ冷静に事を進めたい。


まあ、そんなところ。

いつもと同じ。


今日のリハビリデイサービス2頑張って、その勢いで持って戻ってからの「日常の歩行器トレ」も頑張りたい。


これも同じだ。


頑張ります!



(追伸)


【とても面白い他流試合→そこから気付いた「と言うことは・・・」「と言うことは・・・」の連発】


またまた「数独」の話になってしまうのだが、大昔にやっていて、途中から解けなくなってそのままにしていた本を見つけた。


それは今のシリーズ本に取り組む前のもの(相当前)で、見てみたら、その本で“medium”までは解けているが、“Hard”になって解けずに急に止まっている。


当時解けなくてヤキモキしたことをうっすら思い出すが、今やれば何とか解ける。


ここに来るまで今のシリーズ本で相当鍛えこんだはずだから、そうして昔解けなかったものが今解けるのはとても気持ちがいい。


それに、これまで定番化していたシリーズ本を離れて別のもので解けるのもまた楽しい。


僕が勝手に感じるものでも、そこから得られるものも大きい(気がする)。



前に何か(本だったかな?)で、「人に教えるつもりで考えるといい」とするものに触れたことがある。


今の「数独」でも、どこか分かって、「と言うことは・・・」「と言うことは・・・」としながらやってみると意外に色々なことに気付く(ことが多い)。


これは普段の生活でもきっと同じだろう。


何をするにも、次に考えなければならないことがそのまま見たままどこかに出ていることは少ない、よりもほとんどない。

この頭の中での意識的な「と言うことは・・・」「と言うことは・・・」の連発、

たまたま「数独」をしながら気付いた一つの“案”だが、

今日から試しにちょっとやってみよう。


意外に面白いかも知れない!?
















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2019年9月13日 (金)

箇条書きでサラっとのつもりが今日もコテコテ【①~④】~“天然足”、採血、“焦り”&“今”~

今日は09月13日で金曜日。

早くも週末、金曜日であることはいいとして今日もしっかり頑張ろう。


①【“天然足“の取り組み】

(水)に“天然足”で外出をしたインパクトは大きかった。

そして、「現状の取り組みでは進捗が遅くはないか?」と思うに至った。


ここで急に思い付きでペースを上げてしまったら、それこそ「焦り」になりかねないので、その辺を踏まえて十分慎重に少しペースを上げることにした。

――「焦っている」ことを十分認識した上での「焦り」であれば問題なかろうと――

――「年内装具解除」に向けて焦っています。それは分かっています。――


日々日課である朝昼晩の「リハビリ自主トレ」のうち、

朝のみ片足ずつ毎日右左交互に“天然足トレ”としていたが、ここへ来てダメダメな左足にも幾分かの進捗を感じ始めた。(驚いた)


そこで、朝の状態(順番等)に則して昼にも右足トレを挟むことにした。


無理なく、伸ばすべき右のトレーニングの機会増とする。

ここは試行錯誤よりも臨機応変だ。


少しでも痛んだら速やかに一旦中断する。


歩きたい-歩きたいもそうだが、装具を外したいも“マジ”なのだ。



②【採血検査で】

(水)の病院受診では採血をした。


気にしている「CRP」の値は“0.05未満”だった。


この「CRP」は、体に何らかの“炎症”がある時に上がってしまうものとして、状態の判断における一つの指標としている。

一般的に0.3未満が正常とされていて(機関によって変わるる?)、先の肺炎で入院の際は初め“13”とかあったらしい。

(明らかに異常レベル!/実際意識はあっても朦朧としていた)


退院直後に何故か発熱を起こし、その時たまたま施設で取った採血では“0.53”だった

(“高め”には違いないが“異常”と判断されるには程遠いレベル)


そして一昨日の病院受診時が“0.05”。


確かに体調が良いと感じられているし値が下がって取りあえずホッとした


でもこんなの、昨日“0.1ソコソコ”で明日“11!(明らかに異常レベル)”なんてことは普通にあるので(実際あった)、この数値で安心しきれるものではない。


ただ、状態によって――正常(異常でない範囲)でも――日々変動することは間違いなさそうなので、注意、それも毎日、更には常時くらいの勢いで考えるべきものと思えた。


だから、先ずは手始めに、

★日々の就寝を30分早めることにした。

(その分早く目覚めたりしてf(^^;))

でも、睡眠は“時間より質”とされる。

早く床に就くことで質が高まることが“多い”だろうと考えた。(“完全”は無理)


★日々の免疫力upの取り組みとして、毎日“ヨーグルト”を取ることにした。(少量ずつでも“毎日”が大切らしい)


・・・・・・、

直近での新たな取り組みは他にもあるが、さすがに今年既に3回も入院に至っているようでは、悲しいかな諸々神経質にならざるを得ない。


負けるもんか。


③【“焦り”について】

次回の病院受診が11/13(水)、今年過去2回の入院の経験から“デンジャラス地帯”と捉えるのが11/01。

(退院から70日後)


だからどう、ではないが、次の病院受診を無事終えられたら“年内は大丈夫”としたい(希望的予想)。


11月なんて言ったら完全に「年末」だ(*_*)。

焦るな焦るなったって、本当に焦らないなんてことは可能だろうか。

本気であればあるほど焦るなんてのは当たり前で自然なはずだ。

「焦り方」をそれと分かってコントロール出来ていればいいはずだ。

日々を思えば、年始であろうが年中であろうが年末であろうが“一日の重さ”は何も変わらない。


それをそれと認識して今日を頑張ろう。


先々のことは“今”の積み重ねの結果――到達点か通過点――でしかないのだ。


④【先々・・・はすなわち“今”】

上と重複するし、日頃から考えていることだが、改めて思う。


意識するのは常に“今“だ。


今だ今だとガンジガラメになるのは現実的でないが、思うところはそういうこと。



あーあ、今回は箇条書きにしてサラっと行こうと思ったのに勢いでまたコテコテになってしまった(>_<)。


と、こんなところで

今日もしっかり取り組みます!



























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2019年9月12日 (木)

昨日の“チャレンジ”で分かったこと。上手く取りまとめて良い方策を考えよう!

今日は09月もいつの間にか12日で木曜日。

木曜日は貴重な終日フリーの日だから、自主的にあれにこれにとしっかり行きたい。


で、昨日の片足(右足)“天然足(装具を付けない)”での外出。


これがなかなか刺激的で面白かった(?)。

と言うのも、全く予想しない範囲でとにかく猛烈に疲れたのだ。(驚いた(*_*)。)


片足でも装具で補助していない分、“天然力”で足の姿勢を保っていたからだろうか。


全体として特に問題はなかったものの、とにかく疲れた(>_<)。


足の疲れは全身の疲れと言うからこれは恐らく当たっているだろう。

一晩寝た今は回復した。

(夕べ堪らず早めに寝た)


それに、普段なら問題ないのに、昨日は片足でも“天然”であったせいか、足の踏ん張りが弱かったようで、とにかく始終お尻が痛かった。(足の踏ん張りが弱い分負荷がお尻に来たものと思われる。)


ま、初めての試みにとして、何かと得るものが多かったように思う。

やっぱり実際にやってみないと分からないことが多いのだ。とても良かった。


次の病院受診は11月13日となったから、それまでに鍛えて今度は左足を“天然足”として行きたい。

(全体として考えられる状況が分かったから、“左足”は恐いけどチャレンジだ。)



それにしても、装具を外して半日外出しただけでここまでクタビレるとなると、如何に装具に補助されながら日々が成り立っているのかが分かった気がする。


装具を外すことは、今の“歩きたい歩きたい”とする各種の訓練に逆行するところがある。(足が不安定になる分トレーニングが手薄、または出来ない、になるから)


と言って装具を外せるための取り組みも絶対に必要。


今回の試みでよりよく分かった。


今は今後どうすべきか思案中だが、何らか方策を固め、両者のバランスをよく考えながら日々に当たりたい。


今朝は大幅に寝過ごしてしまったのでここまでです。


色々考えながら事に当たるのは面白い(ところもある)。


今の僕なんか、面白いや楽しいなどと呑気なことを言っていられる状況にあるはずないが、それでも今がこうであるなら仕方ない。(いつも言う必然だ。)


後ろ向きなこと(フツーに考えられる現実的な話とか)は一旦隅に置いておいて、

今出来ること、すべきことに全力を傾け、楽しくあるいは面白くしながら張り切って取り組みたい。


昨日のことは色々思うところがあったものの得るものも大きかった。


良かった良かった。


そんなこともありながら、

今日は今日でまた頑張ろう。


・・・です。







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