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2012年7月 4日 (水)

私論、「気の持ち様」の善と悪・・・?

最近キモチ調子がいい気がする。
文字にすると分かり難いが、わずかながらちょっと調子がいい気がするのだ。
ただ、大きな声で「調子がいい」と言い回るにはまだ程遠い状態には違いない。

今年入っていきなり(1/12)起こしてしまった突発の難聴で、左耳が聞こえなくなってしまったことは未だ何ら変わりはない。
残念ながら耳鳴りだって、気にすれば今現在も結構な音量でなっている。
考えてみればあれからもう半年も経っている。今は7月だ。

しかし、これまで強烈な音量で聞こえていた耳鳴りも、「以前程ではないかも」と思うタイミングが
1日の中でも少し増えてきている気がする。
むしろこういうことを言ったり書いたりするとまた聞こえ出すので注意が必要だ。

夜などに何かテレビを観ていて「あれ?今鳴ってないぞ」と不意に気づくこともある。
(こう気づくとまた鳴り出すので注意が必要だ。)

ちょっと前までは、四六時中耳鳴りを苦しく感じ、かかり付けの医者に相談しても「体を慣らすしかない」としか言われず、いくら「慣れろ」と言われてもこんな状態は「何ともならない」と思い込み、大学病院かどこかの「耳鳴り科」なるその筋の専門医を紹介してもらい診てもらうことも考えていた。

でも、これも僕なりにいろいろ調べてみたら、それで効果のある人ない人、元々完治が見込めない種類の性格上、年単位で治療してもあまり効果を感じないという例もたくさん見かけた。

逆に「治療を始めると余計ひどくなる」といった言葉も見かけた。

仮に時間と費用をかけて「耳鳴り科」で治療をしたとしても、先の通り、いろいろ探し探ししてこの程度の情報、言ってみればあまり上向きでない情報しか得られないのであれば
「僕はやめておこう」と決めて1ヶ月2ヶ月が過ぎ、
まだあまり大きな声では言えないが何だか少し楽になってきた気がするのだ。

特に、耳鳴りと共に本当に苦しいと感じていた「耳の詰まった感じ」が少し軽くなってきたような気がする。

左耳の「聞こえなさ」(日常的にはほとんどゼロ。テレビのイヤホンを左耳にして、音量を「50」とかにするとやっと何か言っているのが分かるレベル・・・)や、耳鳴りは仕方ないとしても、
この耳の詰まった感じが少し軽くなるだけでも随分楽だ。

でもこれも、決して治ったのではなく、状態自体は以前と変わらなくとも、
自分自身が少しは「そう感じられるものになった」、ということだろうか。

耳鳴りと耳の詰まり感に心底苦しみ、「それ系」の健康特集の雑誌などもよく見た。
そこに載っている改善例は正にその人その人様々で、結局、統一的な(万人向きの)「これ!」という特効薬的な改善策はないようだ。

そんな中でも比較的よく見かけたのは、「めまい、耳鳴り」には「ウォーキングが良い」(のかも知れない)と言うことだった。

ちょうど昨年中、こうなる前に比べて大いに運動量(水泳の練習)が減ったせいもあってか、
「太りすぎ解消!」も合わせてこの2ヶ月ほどは泳ぐことよりも「歩くこと」に注力している。

が、残念ながら今のところ目に見えた効果は出ていない・・・。(体重計も・・・)

ずっと通っているスポーツクラブで、ウォーキングに行く日はウォーキングを終えた後に一応30分程度は泳ぐようにしているのだが。(また大会に復帰したいから)

ま、僕の場合、元々スリムな体型ではないものの、
以前は会社の健康診断でも「メタボ予備群(軍)」で済む程度のものは保っていたつもりだが、今年の健康診断ではその「予備軍」を解かれとうとう「本隊」に合流してしまった。
あまり声高に言いたくないがこんなの自分自身とても嫌なのだ。

僕はもう40過ぎ(半ば前)の十分オッサンだが、若くてもある程度の年でも、やはりボテッと重そうにしている他人を見ると、「自分もこうなのかな」と思い本当に嫌になる。
(もし心の声が届いたら「お前が言うな!」と言われそう・・・)
それにそんな風だと余計に老けて見える。嫌だ。

男性でも女性でも、若くてもそこそこ年齢がいっていても、スッとしているだけで若々しく見えるものだ。
もちろん見え方がどうのこうの、といったことではなく、
とにかく見るからに「デブな状態」にあるのが僕は嫌なのだ。

もし、久しぶりに会う人がいたら、ん?と観察される前に「太ったな」と必ず思われる。
思われるよりも先ずそう言われるだろう。

久しぶりに会う人でなくても、一般的に誰の目にも今の僕は「太った人」だ。

「デカい人」や「ゴツい人」で収まるならまだいいのだが(仕方ないが)、
やっぱり「デブの人」でいるのは嫌なのだ。

先日、たまたまテレビを見ていたら、食事も減らし、運動もしているけど「全然痩せない人」についてちょっとした解説をしている番組を観かけた。
正に「オレのことだ!!」と思いながら食いついて観ていた。

内容詳細は割愛させて頂くが、どうも今回の初めに書いたように、
僕で言えば「耳の不調の苦痛」のようなものを抱え、気にしながら生活していることが大いに影響しているのではないかと思えた。

その番組でそうは言わなかったものの、
一般的に「ストレス太り」といった言い方をすることがあると思うが、これも、決して何かしらストレスが溜り「無茶食い」した結果、とかいったことを指しているのではないと思えた。

実際、現在僕は食事も以前に比べて相当減らしているし、僕がまだ「メタボ予備軍」で済んでいた頃なんかは、「無茶食い」までは行かないものの、
普段の食事飲み物など、あまり気にせず結構自由にしていたのにどんどん太るなんてことはなかった。

と言って「ストレス」が皆太る(痩せない)理由とも言えない気がする。
心労だけでどんどん痩せていくこともある。

僕の経験上言わせてもらうなら、
例えば水泳の大会や恋愛などに伴うストレスは痩せる。
病気その他に伴うストレスは太る。
いや、どちらもその傾向にあるのではないか、と考える僕の私論だ。

同じ「ストレス」と言っても、前者と後者では大きく違う気がする。

前者は自分が心から好きで、自分がそうしたくて、また一縷の望みや希望を求め、叶えよう叶えたい!と思うことに伴うストレス。言ってみれば善玉ストレスか。

後者は嫌で嫌で仕方ないことから発生するストレス。言うなら前者に相反する悪玉ストレスか。

もちろん、いくら「善玉ストレス」と言っても、例えば明らかな練習不足や実力不足で初めから叶わないと思っている(分かっている)場合は「思っただけ」なのでストレスにはならない。
心労やプレッシャーもないからだ。

ついでに言えば、
確かに、昨年中まで水泳大会にバンバン出ていた頃は、普段通り練習をしていても、大会が近くなると何故かどこか体もシュッとなっていた気がする。
(毎回結果を出そうと気負っていたし・・・)

後者「悪玉ストレス」の場合は言うまでもなく、いろいろなところで(体も含めて)不都合を起こすように思う。僕の耳鳴りについても同じだろう。

別に太っただの痩せただのということだけを言いたい訳ではない。

今回思わず最初に書いた最近の多少の改善の兆し(?)を感じたことでついついテーマ(?)も「耳鳴り」と「デブの話」が途中から混ざってグダグダになってしまった気がする。

まあいいけど、要は「気の持ち様」みたいなものが、結果的としてあっちにもこっちにも好循環をもたらしてくれたらいいな、と僕は思うのだ。

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