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2018年5月17日 (木)

新考案の「リハビリ自主トレ」と本文中後述1&2~「『なくても出来る』レベル」の話、他~

今日は05月も17日で木曜日だ。

木曜日と言えば、今や週に一度の「終日フリー」となる日なので大事にしたい。

大事に、と言ってもやることと言えば主として「リハビリ自主トレ」だけど→※後述1。

しかし昨日のリハビリデイサービスは何かバテたなあ。
何でだろ。
暑かったからかな?

今の僕においては、何よりも避けたいのは先ず「肺炎」で、この「肺炎」も、体力が落ちたら些細なことでまた起こしそう(?)な危険を感じるので、疲れてもいいけどそれを溜め込まないことが大事と思い、昨日の午後はまあまあしっかり昼寝をした。

気を付けるべくは「(疲れの)都度除去」だと認識している。
これは「怠け」ではないのだ。「注意」だ。
別にアピールする(?)ものでもないけど!


まあ、いい。

昨日は今後の課題として新たな「リハビリ自主トレ」を考案してリハビリデイサービスでも確認してみたが、「研究熱心ですね」とされながらも、やはり「まだ早い」だった。
→やろうとしていることに理解は得られた。

「ではいつなら早くないのか?」と言いたくもなるが、この辺を議論しても結論は出ないはずなので、僕自身のポテンシャルを上げて、それに耐え得るパフォーマンスを発揮出来るようにするしかない!

こうするにおいて気を付けねばならないのはやはり「転倒」だ。
これは昨日やりながら「こりゃ危ないな」と思うことがちょくちょくあった。

確かにかなり難しい。
でもそれだけに遣り甲斐がある。
出来るようになれば効果も大きいはずだ。

くどいようだが、目指すところは「歩行器自主トレ」で、これを使うには腕への支持の軽減と相当安定したバランスが求められる。
仮にバランスが崩れても修正するスキルも必要になるはずだ→※関連後述2

僕の場合「左片麻痺」だから、左も右と同じになるようにしたい。
(右も「完全」ではないが・・・。)

そう、そう、一気に目指すところに到達したいと思うからいけないのだ。

まだ昨日始めたばかりなので、安全に慎重に、でも野心的に進めて行きたい。

今日も頑張ります!!

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※【上記後述1「主としてやること」について】

日々僕の日課(仕事)としているのは何をおいても「リハビリ自主トレ」だが、その片方で取り組んでいることには「数独」もある。

やり出したら止まらなくなるので、「20分タイマー」を徹底してそれを繰り返している。

今は、とうとうやっているシリーズ本の"Level9"に突入したから、言ってみれば「上の上」だ。
昨日は朝方寝床でやりかけたものを、その後のリハビリデイサービスの朝の待ち時間の間に解くことが出来て嬉しかった。

最近増えた「引き出し」としては、難しい問題には、「こことここのどちらかにこれかこれが入ってもここは確定する」という箇所があることだ。

上手く出来ている。
それに実に奥が深い!

なるほど!と掴むものを得たが、正確にそこまで至る慎重さも大事だ。

「数独」なんて、優しい問題なら、「A案が違えば、相対するB案が正」といったものだったが、難しい問題ではC案も、時にD案も存在することが分かった。
(もちろんどこまでも「理屈重視」で、「勘」で進めることはしないが!)

最近「数独」が面白過ぎて「論理脳ドリル」がお留守になっているのでドゲンカセンバイカン!

こんなのほとんど趣味か遊びでも、「考える習慣は良い」とされるので、何とかリハビリにも繋げたいものだ。

(たとえ「脳は脳でも使うところが違う」とされても)

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※【上記関連後述2「歩行器自主トレ」について】

今は何とか「歩行器」を使って歩行のリハビリをすることを目指しているが、本当に「歩行器」を使おうとするなら、「(歩行器が)なくても歩ける程度」のポテンシャルが少なからず必要になるはずだ。

こう思うのには、一つの経験的な経緯がある。

話は飛ぶ・・・、
僕は「自称ミュージシャン」で、過去色々なところと機会でギターの引き語りをしてきたが、この演舞は、言ってみればほとんどが「記憶の作業」だった。

と言うのも、本当は「譜面台」でもあれば楽かと思ったが、この「譜面台」、実際は「なくても出来る」レベルにないと使えないものなのだ。

「見なければ出来ない」や「見れば出来る」のレベルでは、いくら「譜面台」を備え付けても全く意味を成さないことを経験的に知ったものだった。


と言うことを今の「歩行器」に当てはめるならば、
「(歩行器が)なくても歩ける」(くらいの)レベルにないと「歩行器」は使えないことになってしまう。

「(歩行器が)なくても歩ける」とするのはかなり飛躍した話になってしまうのでそこはナンともカンともだが、腹積もりとしては「それくらい」のものが必要と考える。

となると、このところ「いい感じ(?)」と思っても、実際のレベルは全然達していないんだろうなと思う。

これが99%→100%の壁だろうか?

僕はまだその99%にもかなりかなりほど遠いので、まだ全然「語るに至らず」であるが、こんなことも頭に入れながら日々のトレーニングに精を出したい。

この辺、更に(追伸)があるが、それはまた今度にしよう。


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