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2020年9月14日 (月)

計り知れない「喪失の衝撃」に思うこと。

今日は09月14日月曜日。


またまた月曜日で、さあ!と思うはずのところも何だかワタシに勢いがない。


日々がなんとなくただ漫然と過ぎている感じがする。


ワタシの周囲が変わったのだろうか?


いや、確かにコロナコロナの騒ぎで思い通りにならないところは多分にあるものの、昨日と今日、先週と今週とで何か大きく変わったところがあるだろうか。


ない。


「漫然」と感じるならそれは自分の問題だ。


そこを自覚してしっかりしよう。


◇◇◇



昨日触れた、ここで5年に渡りお世話になっている施設の信頼するリハビリの先生がご家庭の事情により年内で退職されてしまう話。


これは考えれば考えるほど恐ろしくなる話だ。


直接的にリハビリを受けられる機会は少なかった(週×1、30分)としても、折りに触れ何かと相談を持ちかけられるメンター的な存在を失う衝撃は計り知れない。


その先生が退職されることはまだ施設には正式に伝えられておらず、心配してくれるワタシにだけ事前に教えてくれているとのこと。


これはとても有り難い。


今の状況である日突然「来週(や来月)で辞めます」なんて言われたらどれほど狼狽することになっていただろうか。


それを思えば事前に教えてもらえたのは本当に有り難い。



ご事情で退職されてしまうことはどうにも出来ない。

ワタシの都合でガタガタ言えるものではない。


ワタシだって、体がソコソコ満足に回復すればここをさっさと出ていくのだから同じだ。


もちろん引き継ぎのことも考えるが、ことこちらの先生に関しては、引き継ぎ云々を期待してどうにかなりそうなレベルの御仁ではない。


恐らくどんな人が来られても無理だ。



ここが問題だ。



一応「年内」と仰っておられるので幸いまだ少し時間はある。


それまでにその先生がおられなくてもやっていけるだけの環境や体制を整備したい。


でも、そう言うのは簡単だが、実際本当にいなくなってしまうこと(究極的に「0」であること)を考えたら、些細なことでも何か不測の事態が起きた時に相談すら出来ないのはやはりあまりにも心細い。


恐らく、実際にそうなってみなければ分からないことがたくさん発生する気がする。


だめだ、考えれば考えるほどまだ来ていない未来が恐くて不安でならない。


・・・、


と言ってもどうにも出来ない。


まだ来ていない未来を案ずる前に今出来ることに全力を尽くす他ない。



今日は貴重なその先生とのリハビリの機会があるから、この辺の思いも含めてよく相談したい。


実際、未来のことなんて予想して予想通りになることはとても少ない。


だから何しても意味がない、や意味がなかった、となるものではない。


間違いなく大方の予想がつくことに関してはきちんと手当てをしておくべきだ。


その上で予想出来なかった事態が発生した場合でもそれなりに対応出来そうな形にしておくのが良いのだろう。


・・・・・・こんなの、言葉の上でなら何とでも言える。


「実際」は「言葉」の遥か上を行くはずだ。



だめだ。もう、こんなのごちゃごちゃ考え出したら止まらない。


それでも出来ることは「今」に焦点を当てて動くことしかない。


喪失の衝撃があまりにも大きすぎて上手く言えません。

言えるはずもありません。


それでも明日は必ず来る。


今出来ることをよく考えます。


以上です。






















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