マイ・ライフ「水泳」のこと

2012年1月12日 (木)

我流「体幹」トレーニング(?)、「速く」より、「より進む」泳ぎを!

年が明けて10日が過ぎ、もう1月も中旬にかかろうとしている。
「正月休みの疲れをまだ引きずって・・・」なんて言葉も周囲でちらほら聞こえるが、実は僕も一昨日辺りまでそんな感じを引きずっていた。
まあ、僕の場合、未だ独身で「家族サービス的」な仕事(?)がある訳ではないので、ここで僕が言いたいのは、久しく離れていた水泳の話である。

僕にとっての「正月休みの疲れ」=「水泳練習休みの不規則感」に近い。
今年の正月は、楽しいまま幸せなままに過ごすことが出来たのでとても良かった。
これについてはどうのこうのはなく、ただただこれで本当に良かった。

正月休みが終わり、また普段通りの生活が始まると、合わせて水泳練習の日々も始まる。
今年は毎年定番の2月の大会に出られないことになったので、次の大会は4月の予定だから少し時間がある。
大会シーズンが始まると、もちろん練習はするが、なかなか腰を据えて基本的な練習をしない感じがある。(そうでもないか?気分的なものかも。)
今は体に特別な負担をかけない程度に、普段やらない「部位練習」に徹している。2月中旬辺りまではこの感じで行こうと考えている。

昨年自分のクロールの泳ぎについて様々な疑問を持った。
僕の泳ぎは完全に「FF泳ぎ」なので、中でも上半身、特に腕と肘の動き、呼吸の動作についてだ。

昨年最後の11月の鈴鹿の大会の時に、いつも水泳用品の出店を出されるところの親しい店員さん(彼は平泳ぎがめちゃくちゃ速い!)にその辺のことをちょっと聞いてみた。すると彼は「それは下半身の問題じゃないかと思う」と言った。

その言葉がとても耳に残ったのだが、僕の泳ぎはとにかく下半身が弱い。クロール(短距離)ならば、本当はキックも推進力にしなければならないと思うが、僕は昔からキックは体を水平に保つ程度(?)にしか考えておらず、ずっと腕力任せの「FF泳ぎ」で今まで来た。
この「下半身に問題が・・・」という言葉を聞いて、それ以降はキックの練習もきちん真面目にするようにしている。
時同じくして(かどうか分からないが)、僕が普段通うスポーツクラブで、僕が行かない陸上トレーニング(僕は水泳専門。もったいない!)のプログラムに「体幹トレーニング」といったものがあることを聞いた。水泳も陸上トレーニングをされる知り合いの方が、僕にこの「体幹」についての重要性を会うたびに言われたのもちょうどこの時期だった。

恥ずかしながら僕は、そもそも「体幹」って何?というレベルの者だが、自分でもちょっと考えてみた。
いろいろその方に聞いたりして思ったのは、水泳における「体幹」とは、乱暴な言い方をするなら、きっと腰の位置のことだろう、と思った。その方もよく「腹筋に力を入れて泳ぐ感じ」と言われるし。
その方とは、普段一緒に練習する訳ではないので、自分で適当に考え、腹筋に力を入れて、腰を浮かすイメージで泳いでみるとこれが意外にいい感じだった。
何よりも腕が前に伸びる感じがした。先の「下半身に問題が・・・」と言われたのはこのことかな、と思った。
少しそう感じ始めた12月からは足をゴムで縛り、ビート板も使わず、腕だけで泳ぎ、足が沈まないように腰の位置を気にしながら泳ぐ練習をしている。確かに腕は前に伸びる感じがする。逆にそうでないとちゃんと泳げない。ちょっときついけどこれが意外に面白い。

僕は左利きなので、左呼吸のときは「いい感じかも」と思えるが、やはり右呼吸の時はそうはいかない。どうすれば左と同じになるかを考えながら練習し続けて2週間ほどが過ぎ、ちょっと感覚をつかみかけた時に正月2日に鈴鹿の初泳ぎのイベントで結構泳いだ。

感覚的には、腕が入水して前に伸ばすタイミングで背中をそらす感じでお尻を浮かすイメージでいたが、これを続けると腰が痛くなってきた。腹筋背筋のトレーニングとダイエット(お腹が少し重い)が必要だなと痛感した。

この1週間、普段の生活に戻り、引き続き練習しているが、今晩もうひとつ少し気づいた。

それは、呼吸の動作をする時、動作の都合上体が傾く。そこで、腕を伸ばしきってプルの動作に入りながら傾いた体をフラットに戻すのだ。特に下半身を。

お尻は真ん中で割れているので、それを右と左のそれぞれ1個と考えて、
左で呼吸する時体が傾いているので、左のお尻に対し右のお尻が水面に対し少し下の位置にあると思う。そこで、プルの動作のときに右のお尻を(浮かすイメージで)左と同じ位置に戻すようにする。右で呼吸するときも右左反対なだけで考え方は同じだ。
こうやって泳いでみると、下半身が泳ぎの水の流れに乗って少し浮いた感じ(水の上に乗っている感じ)がする。
専門的なことは分からないが、「これはいいかも知れない」と思い、今晩は特に夢中になって泳いでみた。

泳いでいて普段よりも楽な感じがする。それに腕も以前よりも前に伸びている気がするので、端から見た感じはどうか分からないが、恐らく少し大きく(ダイナミックに?)泳げている気がする。ストローク数も25mで2回くらい減る。
この感じを専門書で検証する気はないが、きっといい感じに違いないと思った。

今年の僕の泳ぎのテーマは「『速く』泳ぐよりも、『進む』泳ぎ」を考えている。
今日を含め最近気づいた一連のことが今年の成績に反映できればいいのだが・・・。

水泳のことに関してはまだまだ思うところがたくさんあるが、正しいかどうかも分からないし、また追々触れることにしよう。

ちなみにこの1月8日でワタクシメのこのブログも3年目に入った。
更新頻度は1年目のようには行かないが、自分の「好き」に任せて細々と続けていこう。

そんな気持ちだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年11月24日 (木)

一応のベスト更新!懲りずに「次はもっと!」の今の気持ち

いやはや、いつの間にか11月も終盤、もう12月になろうとしている。
自分が書きたいだけのこんなワタクシメのブログであるが、自分自身でも「もう辞めるのか?」と問いたくなるほど間が空いてしまった。

全部は書けないが、この1ヶ月はいろいろなことがあった。

一応、自分自身の「ライフ」と位置付ける水泳競技に関することをメインのテーマとしているつもりだが、この1ヶ月はグダグダとその水泳についてあまり触れたくない気がしていた。
もちろん練習は日々しっかりしていた。

先月の松山の短水路大会では、あまりにも不本意な記録で自分自身ショックを受けた。
その後自分なりにいろいろ振り返り、もう1年以上前、あれほどまで自信満々で掲げた「脱・サウスポー宣言」も残念ながら撤回することにした。

自分として「理想」と考えた一つの形だったのに、それをもいきなり撤回するに至ったのは、自分の中で考えざるを得ない重大な欠点に気づいたからだった。自分の中で「脱・サウスポー」を掲げ、数々の大会をこなし、ずっと「次につながる(はず)」と無理無理考えていたが、いい加減そんな悠長なことを言っていられるレベルの話ではないと感じた。それが先月の松山の大会だった。

確かに、不得手な「右腕の掻き」にはそこそこの成果があると感じていたが、これまでの結果を見る限り、元の得意な左腕の良さ(?)を殺している(に違いない)と考えた。

右はまあまあでも、左の掻きがあまりにも単調で、掻いてはいるがそれほど進んでいない掻きになっていることに気付いた。前から薄々感じてはいたが、右を仕上げようと思うあまり目をつむっていたのかも知れない。
松山の大会で大ショックを受け、普段はほとんど見ない水泳の教本を見て「はっ」と気付き、その晩の練習でその本が言っていることが分かり、即座に「脱・サウスポー宣言」撤回を決めた。

それから1ヶ月、松山の大会の反省と「脱・サウスポー宣言」撤回を思い、いろいろなことがありながらもしっかり練習した。

そして先日20日、今年最後の大会、三重県鈴鹿の「オールマスターズスイミングフェスティバル」に臨んだ。
出場したのは100m自由形と200m自由形だ。
この1ヶ月、随分練習は積んだつもりであったが、すぐに成果が出るものではいと思いつつも当日は今ある力を存分に出そうと大いに頑張った。

1つ目の、100m自由形は1:08.56だった。

前回「不本意!」と落ち込んだ松山の大会では1:09.24だったから、何か言うほどタイムは上がっていないし、そもそも短水路の100mで1:08~秒では特筆すべき評価は語れない。

レース前、「練習の成果を出すのだ」と散々自分に言い聞かせたつもりだが、レース中のことは何も覚えていない。号砲が鳴って飛び込んだところまでは何となく覚えているが、最中、体のどこかの部位をああしてこうして、なんて、レース直前まで考えていたことがちゃんと出来ていたかどうかも何も分からない。

おまけにその時知り合いが誰もいなかったので、前半50mを何秒で折り返したのかも何も分からない。

多分前半はそんなに良くなくて、きっと折り返し壁を蹴って33秒台だったのではないかと想像している。

最後100mまで存分に頑張ったとは思うのだが、終わった後がすごく楽だった。緩く泳いだ気は毛頭ないが、とにかく楽だった。恐らく、これだけは練習の成果かも知れないと思った。

終えてみて、今の練習を真面目に続ければ、次こそはきっといいタイム(2006年5月の短水路100mのベスト1:06.78に迫るか越えるタイム)が出せるはずだ、と思った。
ちなみに人生ベストは高校時代の1:02.12。(長水路)
僕にとってはもはや天文学的数字!

100mが終わって続いては5時間後夕方の200m自由形。
体には午前中の100mの負担はほとんど残っておらず、こと200mについては「ベスト(2010年5月、2:32.67)を更新しないと帰れない!」くらいの気持ちでいた。

出場前はとにかくすごく緊張した。一応少々の自信はあったので「気負いまくった」感じだった。

200mは確かにキツイが、いつも終わってみれば「あっと言う間」なのでそんなに緊張しなくても、とは思うものの、出場までの待ち時間が気分的にとにかく長い。僕と同じレースを泳ぐ人も同じようなことを言っていた。

「あ、俺だけじゃないんだな」と思ってみても、それでどうにかなるような心境ではなかった。気が小さい僕はとにかく緊張した。

200mについては、100mで最中何も覚えていない反省もあったので、考えているプラン通りレースを遂行しようと気を確かに持ちスタートした。

結果は2:31.56!やった!ベストだ!(-1.11秒)

練習の成果が出せたタイムかどうかは分からないが、取りあえずベストなので素直に嬉しかった。
先月松山でショックを受けた時も一緒だった関東の知人には、その時は人の話も耳に入らず落ち込んで寡黙だったのに、ついつい聞かれてもいないのに(?)ああだこうだと饒舌になってしまって後で恥ずかしくなった。次は2:30を切ることを目標に頑張りたい。

今回の大会では、一応嬉しい結果は残せたが、この1ヶ月の思いや積んだ練習の成果がそのまま出せたとは思っていない。僕の泳ぎにはまだまだ改善すべき点がとても多い。
先の「脱・サウスポー宣言」撤回も、今は本当にそれでいいのか?と迷っている。

今の一番の課題はもっと上半身に体重を乗せられるような、右も左もない「ケツプリ泳ぎ」ではないかと考えている。(勝手に命名した。)

次の大会は今のところ来年4月の予定だ。
今から半年近くあるので、今一度じっくり自分を見直し、来年こそは今持つ自分記録をごっそり塗り替える勢いで来シーズンに臨みたい。

水泳は本当に面白い。
いろいろ悩みながらも、懲りずに「次こそは」と頑張る気持ちで一杯の僕なのである。

サボり続けていたこんなワタクシメのブログも、自分修業のためにももう少しキチンとしたい。

おしまい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年10月27日 (木)

「脱サウスポー宣言」撤回!

誰に言われた訳でもない。

思えば2009年の2月、3月辺りに掲げた私の「脱サウスポー宣言」であったが、ここへきて当宣言を撤回することに決めた。

不本意であった9月のレインボーカップ、また、先日の愛媛県マスターズ以降、自分の泳ぎには「重大な欠点」があることに気付き、結果に落ち込むよりもそれはそれとして真摯に受け止め、シャカリキに練習して来た。

しかし今日の練習で様々なことを考え、決めた。

結論としては標記の通り

「脱サウスポー宣言」撤回!である。

書きたいことは山ほどあるがそう決めた。

今日はもう遅いので書くことは出来ない。
また日を改めて後述したい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年10月12日 (水)

プールの中の懲りない私!

僕のこの週末?は少し変則で9日(日)-11日(火)の3連休だった。

そして10日は松山の水泳大会だった。(愛媛県マスターズ短水路)

たまたま9日土曜日は仕事で帰りも遅くなったが、その夜にとても嬉しいことがあったので、翌日9日の行き道はとても気分良く、とても穏やかな気持ちで松山に向かえた。土曜日の日中はかなり沈んだ気分でいたが、正に地と天がひっくり返ったような爽快なドライブになった。

そんな前置きはいいとして問題は大会の結果である。
先月の名古屋レインボーは前にも書いた通り散々な結果だった。あれから2週間、僕なりに練習を見直し、当日も気持ち良く頑張ったが、やはり今日の明日ではいい結果も出るはずもなく、出場した2種目は、
100m自由形が1:09.24、
50m自由形に至っては32.24。短水路なのに!

またまた悲しい結果だった。
自分なりにそこそこよく泳げた実感はあったのだが、結果は先の通りだ。
先月の名古屋もそうだが、何故こうなるのかと考えた。

僕は下手くそなのか?自分が思うほどの選手ではないのか?等など色々なことが頭の中を駆け巡った。

泳ぎ終えて、結果に悲しんだことも事実中の事実だが、それよりも何がいけないのだ?と激しく思った。もっともっと速い人の泳ぎもよく観察して僕と何が違うのかと考えた。

普段は普通のスポーツクラブで、一人で練習しているので、自分がどう泳いでいるかも分からない。どこがどういけないのかも分からない。自分で良いと思ってやっていることも、本当に自分でイメージしているように泳げているかどうかも分からない。

幸い今回は松山のような地方大会であったのに知り合いがたくさんいた。
僕が結果に悲しんでいることを皆分かってくれたのだろう。(僕の気持ちなんかに関係なく客観的に良くない結果!)いろいろ声をかけてくれた。

もっとキックの練習をせよ、腕に体重を乗せる動きをせよ、もっと腕を伸ばしてもっと前から水を書き始めよ、全てに心当たりがあることばかりだった。
でも僕にはそのやり方が分からない。どんな練習をすればいいのだ?それが分からない。

帰りの車の中では、何でもいいからとにかく早くまた練習がしたいと思った。
いつものようにガンガン泳ぐだけでなく、どこをどうすればいいのかを考えながら泳ぎたいと思った。

その帰り道は、結果も良くなかったし、詰らない寄り道もせず、少し楽しみな用事もあったので、ちょっとでも早く帰りたいと思い、会場の外はまだ明るいうちに車を進め、それでも有難いチームメイトだけには心ばかりのお土産を買って、帰路を急いだ。予定通り9時前には広島に着いた。

ところで僕はいろいろ訳もあって松山がとても好きになった。

広島からは決して遠くなく、車で片道4時間あれば十分お釣りが出る。
水泳大会もいいが、そのうち純観光で行ってみたいものだと思った。

翌日11日は仕事休みだった。さすがに少し疲れていたので日中はゆっくりしたが、夜はいつものように練習に行った。

体も少し痛かったが、大会の時に人から言われたことを思い出し、今までと同じ泳ぎではダメなのだ!と自分に言い聞かせながら泳いだ。そしてその日は日中前から持っていた水泳の教本も少し読んでいた。

夜の練習では、日中、本で読んだ「その形」を早速試してみた。

するとどうだろう。意外にもすぐに割と自然に出来た。

きっと僕はその形を「ずっと忘れていたのだろう」と思った。今の僕ではもう少しパワーが必要と思うが、きっと僕は「この形」をずっと忘れて泳いでいたに違いない!と思った。

水泳の達者な人にとっては至極当たり前のことなのかも知れないが、少なくともここ数年のの僕にはなかった感覚だった。

結果も気分もとことん落ち込んで、ちょこっと本を読んでたまたま思い出した新鮮な感触があった。何故忘れていたのかは分からないが、そんなことはもういい。

有難いことに来月すぐまた鈴鹿で大会がある。時間も1ヶ月ちょっとある。この期間に今までを反省しながら、今度こそ正しく(出来ているかどうかは分からないが・・・)しっかり仕込んで、また次を目指して頑張ろう。
今日も早く練習に行きたいのでここらで終わる。

今までは今までとして、これも一つのいい教訓だったのだと真摯に受け止め、自分が自ら目指すスイマーになれるようまた頑張るのだ!

以下おまけ。

20111009_3※しまなみ海道瀬戸田PA「多田羅大橋」

Sa20111009

※今年5月にドライブで来た時、お昼ごはんを食べた思い出の座席より望む「来島海峡大橋」!

Sa20111010

※帰り道に通った夜の「来島海峡大橋」。

ピンぼけ!

残念!

20111010
※同じく来島海峡SAで撮影した、

「水面に映る月明かり」と

「周囲を明るく照らす月」

うーん素敵だ!

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2011年9月29日 (木)

それでも私は前向きに臨む!

あーあ、今日は水曜日。明日はたまたま仕事が休みでゆっくりできる。
ただし金土は仕事だ。
とりあえず明日休めるのは嬉しい。明日は普通の出勤日のように早く起きなくてもいいので、
今は頂きもののビールを飲みながら少しくつろいでいる。
本当は早く寝たいところだが、自分の中で一区切り付けたい気分なので今こうしてパソコンに向かっている。
してその一区切りとはなんぞや。
そう週末の名古屋の水泳大会のことだ。
僕がやっている水泳なんて、言ってみれば趣味の範囲、もっと言えば遊びの範囲かも知れない。
でも、僕の生活で水泳抜きなんてとても考えられないほど日々熱中している。
マスターズの登録だって、その存在を知って迷うことなく100歳登録をしている。
要は一生もので考えているのだ。そう、僕のライフだ。

今回の名古屋の大会はそれ相当の意気込みで臨んだ。
練習もしっかりしたつもりだった。
しかし結果はあまりにも悲し過ぎるものだった。
自分自身正味ショックだった。
一番意気込んだ初日の200mなんか、自分なりに前半から積極的に行ったつもりだったのに、後半バテまくってタイムはベストの4秒も遅かった。せめてもの救いは「つもり」で行った前半の100mが予定通りだったことくらいだ。それにしても後半があまりにも遅すぎた。
2日目の50mに至っては何をか言わんやで、速くも何ともなかった。たった50mなのに自分のダッシュ力のなさを嫌と言うほど思い知らされた悲しい結果だった。
3日目の100mは、ここで何か残さねば今回の大会には何も残らないと思い意気込んだが、結果は散々だった。
自分ではしっかり練習した「つもり」だったが、結果を見る限り、練習はしたが、低いレベルで軽く維持し程度のものだった。
あまりの体たらくさに、自分自身落ち込み、レース後知人と結果を議論する気にもならなかった。
それでも何か残ったとするなら、今回の結果を悔しいと思える気持ちくらいだろうか。

何でもそうかも知れないが、「意気込みだけ」ではいい結果なんて絶対残せない。
日々の良い練習の上に自信が伴い、そしていい意味での意気込みが出て来るのだろう。
そういう意味では今回の僕は全てが「空」だった。あまりにも悲し過ぎる結果だった。

これ以上どうのこうの言っても仕方がない。どの角度からどう分析しても悪い結果だったことには変わりがない。
ここでスパッと辞めるならそれでもいいのかも知れないが、そんなことは微塵も考えていない、考えるはずもない。むしろ逆だ。
日々の練習内容を根っこから見直さねばならない。
多くの距離を泳いだこと、日々練習でヘトヘトになったことで満足していなかったか?
自分に足らないと認識しているのに見過ごしていたことはないか?
思いつくこと全てを改めよう。ゼロベースで改めよう。

自分なりに目標を掲げて日々熱中しているのに、こんな不本意過ぎるところで留まっている訳にはいかない。
今回は今回として、この気持ちと結果を自分の記憶にしっかり残し、また真摯に受け止め、今一度出直そう。
頑張ろう。いや、頑張らなくていいから少しでも目標に近づけるよう努力をしよう。

幸いすぐ後、来月10月10日には松山の愛媛県マスターズ(短水路)にエントリーしている。
今の僕の実力では、すぐにいい結果は出せるはずもないが、それでも前向きな気持ちで大会に臨もう。
不本意過ぎる悲しい結果にショックを受け、落ち込むのはここまでにしよう。
昨日一昨日の練習を基に、今日からまた、ゼロベースで見直した(つもり)の練習に励んでいる。
水泳は絶対に面白いのだ。そして僕はとことん好きなのだ。
今一度頭を冷やし、僕自身のライフと位置付ける大好きな水泳で、自分が納得出来るものにしよう。

そうだ、落ち込んでいる暇などないぞ。

いつどんな時でも僕は前向きでいたいのだ!

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2011年9月11日 (日)

次の大会で一連のストーリー(直近レベル)を完成させよう!

昨日は久々の土曜日出勤だった。

このところお盆休みや水泳の大会などで土日連休が続いていて、他の所員には申し訳なかったがちょうど1ヶ月ぶりだった。

土日出勤は休日用のシフトなので人も少なく、いつも大変と分かっているが、逆に自分の好きに出来る部分もあるので、僕は決して嫌いではなく、金曜日の晩は久々の土曜出勤を結構楽しみにしていた。
実際仕事は予想通りバタバタ、テンヤワンヤで、出来ればあと2時間くらい欲しいと思うところで昨日の仕事は終えざるを得なかった。

もしかつてのように、ある種一匹狼的とでも言うか、個人成績が重要な営業の仕事であれば何とか工夫して(?)仕事し続けただろうが(サービス残業はいけない!)、昨今は恐らくどこの会社でも同じようなものと思うが、サービス残業についてはとても厳しい規制がかかっているので、「もっと仕事したい」と思いつつも、止む無く事務所を後にし、その後ちょっと楽しいことがあって、しっかり眠って、今朝早く目が覚めて、今日は休みだ。
うっかり内線電話(PHS)を持って帰って来てしまっていたが、守衛さんに事情を話し、昨晩のうちに返しておいた。良かった。

 

まあ、こんなツマランことはいいとして、

昨日帰ってみたら、郵便受けに今月23-25日の名古屋の水泳大会、楽しみにしている「レインボーカップ2011」の2次要綱が届いていた。今回は既にスタートリストがwebで掲載されていたので、ちゃんとエントリー出来ていることは確認したが、こんな2次要綱が届くと「さあ、いよいよだ」という気持ちになる。

今回も7月のジャパンに同じく11種目、自由形の200m、50m、100m、に出場するが、順番はちょうど逆で、23日から先に書いた通りの順番だ。

特に初日の200m(長水路)には気合が入る。昨年の夏のジャパンマスターズで自分自身「出来過ぎ!」の結果(235.33)でとても気を良くしていた。

しかし、今年の2月、6月ではその時のベストから2秒もタイムを落としていた(いずれも237.**)。
6月以降、それまでの反省を生かしてしっかり練習し、7月のジャパンマスターズでは落としていた2秒の内の1秒を戻しちょっとほっとした(236.44)。

昨年夏の「出来過ぎ!」の200mFR以降、今年2月の愛知県の大会では、焦ってラスト50mで息が詰まり2秒落とした。6月の「今の地元」の大会では、僕の嬉しく有難いチームメ―トが観に来てくれていたのに、これまたラスト50mで腕が固まり、ここでも2月に同じく2秒落とした(むしろ2秒で済んで良かった?!)。どちらも思い出に残るほど強烈に苦しかった。

その後、一応僕なりに腕の「固まり対策(?)」をしっかりして、7月はタイムもさることながら、練習通りの泳ぎをすることを意識して何とか1秒戻した。

 

あれから2カ月弱。最初の1ヶ月は右肩の痛みに苦しみ、なかなか満足な練習は出来なかったが、最近はそこそこ調子がいい。たまたま先月の帰省中、鈴鹿で思いかけず初対面の水泳の先生と知り合い、いろいろ貴重なアドバイスを頂いた。日々の練習でその時聞いた理想の泳ぎを目指しているが、一朝一夕で出来るものではないので、それらも含め、今は焦らずこれ!と信じる練習を粛々とやっている。

先の通り、右肩の痛みが癒えた頃からまた6月の大会以降自分で設定した腕の「固まり対策(?)」の練習に徹している。その練習は、腕力で泳ぐ僕には結構キツイもので、練習開始のアップの後、その練習メニューに入る前は「またキツイな・・・」とちょっと尻込みするものだった。

しかし、「それでもやらねばならない!」と日々根性で(?)こなしているうちに、ようやく今週辺りから少し楽になって来た。いつか「この程度サクッと泳げなきゃ」と思い練習し続けて来て良かったと強く思った。

自分の中ではまだまだ未完成(「完成」なんて元々ないけど・・・!)だが、もっと楽になったらメニューをアップして更なる上を目指したい。

 

マスターズスイマーなら、学生時代のように「卒業」といったある種のエンドがないので、言わば「人生レベル」とも言うべき目標を持ち、こうして「年単位(場合によってはもっと?)」で頑張り続けられるのは本当に楽しい。

僕なんか、どこにでもいるただ普通のサラリーマンに過ぎず、冒頭に書いた仕事のことやその他様々なこともあるが、自分のライフの一部にこんなに燃えられるものを持ち合わせられるのは幸せなことかも知れない。

 

昨年の「出来過ぎ!」以降、色々なことがあって、もしもし間近に迫る今度の大会でいい結果が出せたなら、僕の中の一連のストーリー(?、直近レベル)として良いものが残るだろうな、と自分自身でも期待している。

考えるとブルブル震えるほど緊張し出す今度の大会であるが、今現在出来得る最高の練習をして、積極志向で勇んで大会に臨みたい。

いつものように、深夜でもないのにやたらオーバーな記事になった気がする。(深夜に文章を書くと何故か表現がオーバーになりがちらしい。だから芥川龍之介は深夜にしか小説を書かなかったとか何とか・・・。まあいい。)

 

有難くも今日は穏やかな休日になった。溜った洗濯も済ましたし、今日も楽しく過ごせるかな。

昨日は仕事で練習休みになった。

大会はまだ少し先でも、僕の嬉しい有難いチームメイトにもいい結果を報告したいし、

今日もまたしっかり練習に行こう。

そうだそうだ、そうしよう!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年8月28日 (日)

ずっと忘れえていた効率&省エネ泳法(?)

しかし先週はしんどかった。

長らく頂いたお盆休みも先週日曜日で終わり、月曜日からまた日常の生活に戻った。何かと有意義に過ごした連休とのギャップに苦しむかと思ったが、仕事に戻ればそれはそれとして普通に今週も始まった。日々熱中する水泳もすごく頑張った。

ずっと右肩の痛みに苦しんでいたが、痛み始めてからおよそ1ヶ月、通ったクリニックで教わったインナーマッスルのトレーニングも真面目に続けていたお陰なのか、広島に戻って来た連休途中辺りからは、バリバリ泳いだら「また痛くなるかも」、という不安もなくなって来て、振り返れば18日から昨日まで10日間、毎日休まず練習に行った。

たまたま都合が良かったので、昨日まで10連勤なんてことになったが、水木金の3日間はそれまでのオーバーワークと後で触れる猛烈ダッシュの筋肉痛で体が痛く、上手く泳げなかった。

先日の鈴鹿の練習した時にたまたま会った水泳のトレーナーに教わった中で、日頃から出来る練習の要点がいくつかあった。

1つは、週に1度は猛烈ダッシュの練習をすること。それもフォームなど気にせず、めちゃくちゃでもいいからとにかく速く泳ぐ練習。右肩の不安がなくなったので火曜日にやってみたら次の日から体が痛くなった。普段全然足りていないんだな、と痛感する結果になった。大いに反省だ。

もう一つはクロールのストロークで、「プッシュとリカバリーの力を抜く」こと、だ。
特にこれが大きい。

偶然見知らぬトレーナーに教わったその日、僕はまさかそんな方が同じプールにいるとも知らず、たまたま空いた時間を利用して全く予定していなかったが、ほとんどプールに思い付きで行った。
最初は次の名古屋レインボーの練習と思い、ツラツラと長水路の感触を確かめるように普通に泳いでいた。そこで、今や大の苦手としている飛び込みの練習に切り替えた時、たまたまそのトレーナーの方にお会いしたのだが、少し話をしていると、僕の泳ぎの中の欠点を指摘してくれた。それが先の要点の後者、「プッシュ、リカバリーに力が入り過ぎ」と言うことだった。
「ちゃんと見ておられたんだな」と少し驚いた。

僕はどちらかと言うと腕力で泳ぐタイプと自分で思っているが、その方にそう話すと、(さほど)推進力が出ないタイミング、そう、そのプッシュとリカバリーに力が入り過ぎるのは「とても損している」と言われるのだ。
元野球部の僕は、クロールのストロークには言わば野球のスローイングのイメージがある。スローイングにおいてもクロールで言うプッシュやリカバリーには力を入れ過ぎてはいけないと思うが、僕が元野球部だ、という話をしたら、「(僕の泳ぎを見ていると)分かる気がする」と言われた。

随分前に人からも言われたが、泳ぐ上で、自分の体からより遠い位置で、より大きな推進力が発生する程速く泳げると言う。僕もそう思う。(思うだけでずっと出来ていない・・・。)

そう指摘され、水面から見える位置、プッシュの後リカバリーの位置で「力が入り過ぎ」と端から見て取れると言うことは、きっと自分の体の近い位置でしか推進力が発生していない結果だろうと思えた。

先の通り、クロールのストロークで言うなら、推進力の発生をより前寄り、より遠い位置で発生させることが大事なのだ。そのためにはエントリーの際もっと肩を入れて腕をもっともっと前に運び、もっと加速度的に掻き出す必要があるのだ。

そんな観点からすると、クロールのストロークで、水中の腕の軌道を、水面から垂直、逆さに差しこんだ分度器になぞらえると、0度に近い位置から90度の位置にかけて一番力を入れるべきで、僕の場合、言ってみれば40度か45度くらいの位置から120度前後の位置でしかキチンと力が出し切れていないと思えるのだ。要は体に近い位置でしか力が出せていないのだろうとその後の練習で思った。

だから今の練習は、意識的により前に腕を運び、入水後、タイミングを見計らって先の90度の位置めがけて一気に掻き、その後は少し流すイメージで泳いでいる。

言ってみればずっと忘れていた(?)感覚の泳ぎなので今は少しキツイが、全体としてはこの方が「効率&省エネ泳法(?)」となるだろう。

自分自身期待する来月の名古屋レインボーまでもう1ヶ月を切った。
先月のジャパンが終わってから右肩の痛みがひどく、なかなかバリバリ泳げなかったところもあるが、この期間に得たことも次につながる良い期間だったと捉えて次へ進もう。

頑張ろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年7月28日 (木)

右肩が痛い!どうすりゃいいの?僕は困っているのだ

前回も触れたが今僕の右肩はとても痛い。

先週初めてスポーツクリニックなるものに行き、状態を診てもらったが、結局は筋力のバランスの悪さが招いているものと診断された。(やっぱり僕は腕力スイマーなのか・・・?)

痛みがまだ十分残っている今は「基本は先ず安静」と言われていて、月曜日火曜日は久しぶりに練習に行けるのに休んだ。一応「安静」に充てたつもりだ。

昨日水曜日の朝はさすがにそれまでのように、寝起きに顔を思わずゆがめてしまうような痛みはなかった。昨日はたまたま休みだったので、午前中様々な用事を済まし、広島市にも出かけて1日楽しく過ごしたが、時折何かの拍子にピリッと痛むことはあっても、普通に生活する分にはもうほとんど痛みを感じなかったので練習に行ってみた。
最初は、普段の疲れも抜けていたのかとても体が軽かった。いい感じだった。普段と何が違うのか、と上手く説明は出来ないが、とにかくいい感じで泳げるのだ。肩も痛くない。

練習に行く前に世界水泳を観ていた。最近僕のテーマにも挙げている呼吸制限が気になって観ていたら、意外と世界の選手も2-1呼吸をよく見かけた。といっても大体がラスト50mのシーンばかりだったが・・・。実際前半はなかなか大写しにならない。前半は上からの映像が多く、観ていてもあまり分からないのだ。(それだけ呼吸動作が小さいということだろう。)そんなものを観たものだから、練習でも少し呼吸とラップの相関関係を気にしながら泳いでみた。
すると普段よりラップが3-5秒も遅い!自分としては先に触れたとおり、いい感じで泳げていると思ったのに、体も軽いと感じているのに、それでも遅いのだ。

「おかしい・・・」と思って、100mで心拍数を同じにして100mの呼吸数を何パターンか試してみてもどのパターンでも遅い。

「弱ったな」、確かに2日休養を取った3日振りの練習だとしても、自分の感覚とラップに大きな乖離がある。

「これでは何ぼ何でもまずいだろう」とその後も何本も半ばムキになって泳ぎ続けた。
すると正に突然、何の前兆もない形で右肩が痛んだ。それも泳ぎ続けられないくらいの痛みで。

これまでは痛いは痛いが、泳ぐ動作そのものにはさほど支障はなかった。「少し痛いなあ」と思いながらも泳ぐことは十分出来た。
しかし昨日は違った。右のストロークする度にかなりの強さで「イテッ」「イテッ」となるのだ。
そうなれば「これ以上は無理」と思い早々に切り上げ、ストレッチだけしてプールを上がった。

たまたま、今日も仕事が休みだったので、普段の疲れを取るべくしっかり寝たのだが、今度は寝違い?のような痛みも混ざってしまったのか、どこがどこまで痛いのかよく分からず、いずれにしても日常動作もキツイくらい痛かった。

そんな訳で今日はあまり動く気にもなれず、また特に用事もなかったので(昨日大方片付けた)、今日は何もせずのんびりしていた。

この後一応練習には行くが、一体どこまで泳げるだろうか。痛さの程度によっては今日も早々に切り上げて、お風呂にだけ入って帰ろう。
明日は昼から出勤日なので、午前中は先週行ったスポーツクリニックに行くことになっている。

またよく聞いてみよう。
早く普通に泳げるようになってくれないと9月の大会までにやりたい練習に支障が出かねない。
「無事これ名馬」ではないが、これまでいわゆる「故障」と言うモノにはあまり縁がなかったと思っているが、ここまで痛く、こんなに長引くならこれも「故障」と言えるのだろうか?
それともただのトレーニング不足だろうか。まあいい(良くない!)。とにかく痛いは痛いのだ。

僕なんか、素人のただのおじさんスイマーに過ぎないが、もし「故障」なんていう代物なら、まるでスポーツ選手みたい。

そんなことはどうでもいいからとにかくこの痛みを解消して普通に泳ぎたいのだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年7月24日 (日)

今年の「ジャパン」終わった。まだまだ行くぞ!~その2

今の僕は右肩がとても痛い。特に朝の寝の寝起きは特に痛い。
動かし方によっては思わず「痛っ!」と声を上げてしまうほど痛い。

昨日の朝ようやく地デジ対応のレコーダーに付け替えたが、テレビを動かし、今までのレコーダーを取り出し、線をつなぎ直し、何とか上手くいったが、こんな場合、いろいろな姿勢をすることにもなり、とにかく肩が痛く、とても苦痛だった。一応期限ギリギリに間に合ってよかった。

それはそうと、前回の続きとでも言うか、先週の「ジャパン」の3種目目の200m自由形のことを書いてみたい。

先に出場した100mと50mの自由形は、タイムも出せず、いくつか失敗もあったが、自分なりにテスト課題を設け、少々コジツケにも近いかも知れないが、何とか上手く出来て価値があったと自分では考えていた。

今回出場の3種目で、最後の「200m自由形」がメインと考えていたので、先の2種目についてはこんな言い方が出来るが、200mに関しては、自分として課題もあるが、タイムも狙いたかったので当日の朝は寝起きからとても緊張していた。
僕でも一応はギリギリでランキングに載る選手なので、たった1年で「退化」を見せるような下手な泳ぎは出来ない。

僕の有難いチームメイトにも、先月は大会の観戦に来てもらって実際のタイムや泳ぎも見てもらっているので、今回は観戦にこそ来ていないものの、結果を連絡する時に100m、50mに続いてまた「悪い」結果を伝えるのも嫌。
自分自身が思い切って頑張れればそれでいいはずなのに、多少(かなり)ヨコシマな気持ち(?)も多く持っていた。

大会出場後はそのまま帰るので、3泊したホテルの部屋もきれいに片づけ会場に向かった。部屋を出ても会場に向かう最中も深いため息が出続けた。今までに何度も大会に出場しているのに、出場前はどうしてもこんな緊張に支配されることはマスターズ水泳を始めた頃から変わらない。

いざ会場に到着し、アップを始めた。変に疲れは残っていないしアップの調子もまずまずだった。この1ヶ月よく練習したし、きっといい泳ぎが出来るに違いないと思うものの、実はこの時から右肩が少し痛かった。
今までこんなツラツラツラツラ書き殴るブログで右肩が痛い話しは1度も書いて来なかったが、実はこの数カ月右肩の痛みが続いていた。書かなかったのは、書きたくなるほど、触れねばならないほど痛くなかったからだ。実際泳ぎながらたまに少し痛みが走るものの、支障があると思えるほど痛くはなかった。

出場が近づき、招集所に行ってみると、昨年この種目で出る前に色々話した面々が1人もいなかった。前回はラップを見合ったり、お互いの結果を気にする面々がいてとても楽しかったが、今年は1人もいなかった。辺りをキョロキョロしながら熱心に探したが誰もいなくとても寂しい気分になった。

唯一1人、前回僕が知らないところでしっかりラップを取っていてくれた方のチームのボスがいた。誰とも話が出来ず少し不安(?)になりかけたところで見つけたのですぐに駆け寄り話をして少し緊張をほぐした。有難かった。

競技開始時間(10:15)を見てアップをしていたのだが、この日2つ目のプログラムなのに15分も早まって予定になく早めに始まることになった。十分アップをして十分休息を取っていたので問題はなかったが。

そしていざスタート。前日の飛び込みの失敗が気になったがまあ無難にスタート出来た。今回は飛び込み直後前に進んでいたので良かった。泳ぎだしても肩は痛くなかった。支障なしだった。

最初の50mは、ずっと練習していた3-1呼吸。意外なほどすーっと泳げたので「いい感じ」と思った。50mをターンしても(息が)キツクなかったのでそのまま行こうかと思ったが、200mは長いので、ここは普通に戻そうと2-1呼吸に戻した。余力があればまた3-1に戻そうと考えた。その時は、だが。

100mをターンする手前、いつものように自分自身に多少のバテを感じた。あと100mある、ではなく、あと100mでいい、と意識的に前向きに考え100mをターンした。
少なくとも先月よりは余力が残っているのを感じた。
200mを泳ぐ時は、練習の時から125mを過ぎたらあと「たった75m」と考えるようにしていて、前回6月はは125mを越えた地点ではすでにかなりバテていた。

しかし今回はそこまでのことはなく、ちょっとペースを上げることが出来た。後半にペースを上げるというのは、実際は落ちかけたペースを戻すだけのことだが、いい感じで力が入った。それでも最後の50mはさすがにきつかった。前回の腕がカチカチに固まるのが恐かったが今回はそんなことはなく、ゴールまで力をこめて泳げた。ラストの50mはいつも早くたどりついて「早くタイムが見たい」と考える。
ただ、3-1呼吸に戻すことは完全に意識から消えていた。

終わってみればタイムは2:36.44。ちょうど1年前のベストが2:35.33、前回6月が2:37.85。タイムを見て先ず思ったのは「ああ、良かった」というホッとした気持ちだった。
でも、去年「出来過ぎ」と思ったベストに+1.11。惜しい!

2分半も泳いで1秒11。後から考えたら、その間に1秒11くらい詰められなかったかなとも思ったが、一生懸命頑張った。今回は終わったのだ。
とにもかくにも出る前に不安を感じた「退化」が出なくて良かった。今年に入って長水路の200mは2月に2:37.65↓、6月が2:37.85↓、今回が2.36.44↑。似たようなタイム(?)をウロウロしているが、ベスト2:35.33に比して3回連続下回るようなことがなくて良かった。正味嬉しかった。

一応この1ヶ月自分なりに取り組んだ腕固まり対策が利いているなと思えた。
今回の大会の失敗と成果を踏まえてまたすぐに練習したいと思った。次は9月の名古屋レインボーカップ。今度は100mも50mももちろん200mも、2カ月かけてうんとバージョンアップした泳ぎをしたい。

やっぱり僕は水泳の大会は長水路の方が好き。たとえ僕のようなバリバリの素人であっても、自分を「水泳選手」とよびたいなら、世界のトップ選手と同じフィールドで泳ぐ方が好き。

先日、僕の通うクラブで、時々大会にも出ているのに、長水路のことを「マニアックなプール」という者がいた。僕はその言い方にはさすがに呆れて「何を言うのだ、そんな言い方をするなら、短水路の方がむしろマニアックだ」と返したが、彼は水泳選手とは言えないので感覚はそんなもんだろう、とこの話はそれ以上追いかけなかった。

そんなこんなで今回の「ジャパン」を終えて帰路についた。新大阪の駅はとても混んでいて、広島に帰る新幹線は指定席が空いておらず、福山までデッキの洗面所(トイレではない!)に軽く腰掛けて帰って来た。
一応今回の3連休は休みを要望を指定して叶えてもらった休日だったので、会社向けにお土産を買おうとお土産屋さんに入った。ここも混み混みだった。

以前大阪の人が広島に出張に来た時に持って来た「面白い恋人」が事務所で大ウケだったので、真似しようと思ったがどこを探してもなくて、仕方なく数だけ合わした間に合わせのものを買いホームに上がったらキオスクには売っていた。

なーんだ、と思ったが、買い増したり買い直したりすることはしなかった。ナンダカンダデ随分財布も軽くなったし、有難いチームメイトには今回の会場や、会場近くの大好きな大阪アウトレットパークでも十分買った。会社には挨拶程度でいいから「もう十分」と思い、やめた。

新幹線に乗り、座れないからデッキの隙間に陣取ろうと3泊4日の大荷物を引いていたら、右肩に激痛が走った。「痛っ!」、大会後に右肩が痛いことはこれまでも普通にあったが、今回はもう一つ上回る気がした。押さえたりして痛い痛みではなく、肩に何か通されたような、思わず顔がゆがむような痛みだった。

あれから1週間。幾分か痛みは和らいだが、冒頭に触れたように、ここまでの痛みが1週間も続くことは過去になかったので、昨日初めて近所のスポーツクリニックなるものに行ってみた。
いい話が聞けて良かった。この辺はまた今度にしよう。
随分無駄に長くなったが、これが今年の僕の「ジャパン」だったのだ。

見据えるは次の9月の名古屋レインボーカップだ。
またバンバン練習がしたい。
2か月先の次の大会は結構自分の中に期待が大きい。
(もちろんしっかり練習を積んだ上で)

ああ、楽しみだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年7月20日 (水)

今年の「ジャパン」が終わった。まだまだ行くぞ!

やれやれ今年のジャパンが終わった。僕がここで言う「ジャパン」とは、そう、マスターズの水泳大会「ジャパンマスターズ」のことだ。

今年の開催は例年の東京から、震災の影響で急遽変更、大阪で開催された。思えば僕がマスターズ水泳を始め、初めて出場した年、2005年のジャパンも大阪だった。
開催会場のなみはやドームはこれまでに何度も行ったことがある場所で、泊るホテルも毎度同じ。地味ながらなかなかいいホテルで、何と言っても、類似のホテル(ビジネスホテル)に比べて朝食のクオリティが特に高い。まあそんなことはいいとして・・・
先週金曜日の夜東広島を出発し、3泊4日の大遠征となった。
ホテルに着いて先ず、「ここで3日も暮らすんだな」と思った。土日月と1日1種目、ここと会場を2往復と1往路あったのだが、往復する日は荷物を全部持っていく必要がないので楽でいいや、と先ず思った。
いかん、いかん、今回は詰らない「旅行記」ではなく、次につなげる今回の結果を書くつもりで久々にPCに向かったのだった。
出場は土日月順に100m自由形、50m自由形、200m自由形だった。
実は大会前、周囲に少し漏らしていたのだが、今回はあまり自信がなかった。このところ今一つ体調が良くなかった感じがしていたし、例年のような「ノリノリ」とは少し違う気が行く前からあった。
一部練習で集中力を欠くこともあった。
スポーツクラブの知り合いにそんなことを言ってみたら、意外にも、「あんまり思い詰めるよりいいんじゃないですか」とサラッと言われて少し気が楽になった。一応これでもプラス思考をモットーにしている僕であるが、「彼には負けるな」、とも思ったのだった。

して肝心の結果であるが、

先ず僕の初日の100m自由形。タイムは1分11秒33だった。タイムとしては最悪であるが、泳ぎ終えた後には、これまでにない気持ち良さがあった。いくら長水路とは言え、1分10秒を1秒以上も越えていては目も当てられない、と思うところだが、一応、レース前の僕なりのプランは思い通りに遂行出来た。
最初の50mは3-1呼吸、ターンした50m-75mは2-1呼吸、ラストの25mは4-1呼吸で行こうと決めていた。
僕のストロークの遅さは結局呼吸数の多さにあると思っている。気合を入れて思いっきり飛び出すと、腕力で泳ぐ僕はすぐにガス欠が来て、気付けば毎回呼吸をしているのがこれまでの僕だ。色々予定していても、飛び込んだ瞬間にみんな忘れてしまい、悪い意味で「普段通り」に泳ぎ切ってしまうのが僕である。
先月の長水路大会で前半の50mを3-1呼吸で行くのは出来た。しかし折り返しの50mはやっぱり気付けば毎回呼吸をしていた。おまけに、観ていてくれた同じスポーツクラブの人には「泳ぎが小さい、もっと練習通り伸びる感じの泳ぎの方がいいんじゃないか」と言われた。十分心当たりがあったので、今回はもちろんタイムも大事だが、そういう数々の欠点を修正する泳ぎがしたいと思っていた。
いざ終えてみると、前半の3-1呼吸もまだ多過ぎ、50-75の毎回呼吸も多過ぎ、というのが率直な感想だった。ラストの25mは、いつものような一杯一杯にはなったが、極端なバテはなかったからだ。
そうだ、普段のスポーツクラブの水温は30度以上あるから、呼吸制限をし過ぎるととても苦しいが、ちゃんとした本番プールではあそこまでキツクないのか、と思った。普段競泳の練習で水温が30度以上あるなんて普通はあまりないと思うが、これも陸上で言うところの「高地練習」のつもりでいた。しかし「それだけ」ではダメだと痛感した。
日々の練習は仕方ないとしても、時には、ここ広島で言えばビッグウェーブのようなちゃんとしたプールで泳いで時には自分を試し、計っておく必要があるなと思った。普段の練習(水温30度以上)では「ちょっとキツイかも」と思えたので考えた今回の呼吸プランであったが、実際はラクショウだった。(後から言うのも姑息だが・・・)
先月のもみじCUP後、この1ヶ月の練習も利いていたと思うけど。

次は9月のレインボーカップだ。もう少し上手に練習を考えて、次は前半の50mは5-1出来れば7-1(?)呼吸、後半の50mは全部4-1呼吸で行きたい。全部5-1でもいいかも知れない。やはり左右で呼吸をする方がストロークのリズムがいい気がする。(端から見たらどうか知らないが)
まあ、こんなプランを考えられるようになったのも、もう1年近くになる徹底した左右呼吸の練習のお陰だ。もう十分本番で使えるものになった。これは収穫と言えよう。

先月の広島もみじCUPの時、神戸の方で、45歳区分の元気なおばちゃん(と言っては失礼!)と(水泳仲間として)知り合った。その時、アッププールでたまたま足を蹴られて「あ、ごめん。」「いいですよ」から始まって、ちょっと話していたら、お互いに出場する100m自由形でタイムが似通っていることが分かった。そのもみじでは少し負けた。今回も負けた。仮にも僕の方が若くて男なのに!
でも向こうのほうが速いのだから何も言えない。「次レインボー(名古屋)で」と言って去って行かれたが、恐らく「あの子には負けない」と思っていることだろう。悔しー。
おのれ、見ておれ!次こそはバージョンアップした泳ぎを見せてやる。
以上が今回の100m自由形。いくらでも書けるな。

次50m自由形。これは完全に「ミス」から始まった。
僕はこれまで触れたスポーツで、水泳だけは、いわゆる明らかな「ミス」はないと思っていた。
野球であればエラー、打撃の場合は「水もの」的なところがあるのでミスらしいミスと言えるものはないかも知れないが、いや、サインの見落としや間違いはあるか。守備ならE判定される明らかなエラー、ハンブル、トンネルなどがある。

ゴルフなら、素人によくある(僕にもたまに?ある)いわゆるチョロ(ボールの上を叩く)、ダフリ(逆に下過ぎて地面を打つ)、テンプラ(特にティーショットで高く上がり過ぎて距離が出ない)、シャンク(クラブの根っこや先っぽで打つ)・・・様々だ。

その点水泳にはミスはない、と思っていたが、あった。「飛び込み」だ。
今の地に移り住んでからは、飛び込み練習が出来る環境にも制限があり、実際のところほとんど練習していない。今回はサブプールに飛び込み専用コースがあったのでやってみたら、この日から合流した三重県時代のチームリーダー(僕にマスターズ水泳を教えてくれた恩人)にその下手さ加減を指摘された。その人のOKが出るのは何回かに1度しかないレベルだった。どうしても以前のように飛び込んだ勢いで前に進まないのだ。距離が短ければ短いほど飛び込みはとても大事なのに。

いざ本番。多少の不安を残しながらスタートしたら、普通に飛び込んだはずなのに、水に入って前にあまり進んでいないのが自分でも分かった。「何か変な感じ!」と思いつつ、仕方ないから必死にドルフィンキックをして浮きあがり、そこからは考えたプラン通り7-1呼吸で頑張った。この辺はいい感じで泳げた。最後の1回2回は苦しくて5-1呼吸になってしまったが、気合を入れて前半の25mを例えばノ―ブレスで行ってしまうと、25mを過ぎた辺りでさすがに苦しくなって、そこで1回でも呼吸をすると、腕力で泳ぐ僕はその勢いでつい毎回呼吸となってしまうことがある。
すごくお腹が空いている時に何かつまむと余計お腹が空いて来るのと同じだろうか?

そんなことがこれまでに何度もあったので、50m全体で呼吸数を減らそうと思い、今回7-1呼吸で行ってみた。自分ではいい感じと思いながら泳げたが、タイムは31.85だった。遅っ!と思ってしまった。少なくとも31秒前半、良くて30秒台を予定していた。
終わった後、三重県時代のリーダーが駆け寄って来て、「何?あの飛び込み?」と言われた。「スタートの反応も断トツで遅く、飛び込みも落ちただけの素人飛び込み」とボロカスに言われた。

スタートの反応が遅いのは残念ながら昔からなので、多少は織り込み済み(?)としても、飛び込みの失敗は自分でも分かったので悔しかった。
「ああ、それで飛び込み直後進んでいなかったのか」と思った。十分心当たりはあった。周囲に、いくら知らない人でも、見ていた人がいたかと思うと急に恥ずかしくなってきた。ああ、大失敗。これが水泳の「明らかなミス」(下手くそ!)か、と思ったのだった。

「泳ぎ自体はどう?」とそのリーダーに聞いたら、ストロークだけは「君じゃないくらい速かった」と言ってもらえた。「あの反応と飛び込みでこのタイムならむしろ速いと言えるかも知れない」なんて、何とも受け答えし辛いことも言われた。ああ、悔やまれる。

それにしても、今や苦手な50mをほぼ7-1呼吸で調子よく泳ぎ切れたのは良かった。自分でもきっといい感じだろうと思いながら泳げた。
出来れば100mの時もこの前半でターンをしたい。
かつての100mは、31秒台で壁に到達し、ターンをして壁を蹴って32秒台、今は33秒で壁に到達しターンをして壁を蹴って34秒台。前半だけで丸々2秒も遅いのだ。

ここで、つい、「かつて」と「今」という言い方をしてしまうのは、実は2008年の病気休養のことがある。大阪に出かける前日の7月14日と言えば、その時は深刻だった難病の発症記念日だった。
あれからちょうど3年。確かに現在特に短距離のタイムが落ちつつあるが、今は今回のように思い切って出場し頑張れるるように、前回の記事で書いたような多少の不具合はあるもののほとんど回復している。
「今」は知らないところでその時からの影響があるのか、ただ単純に年齢なのか自分でも評価が難しい段階と考えている。

でも、このところの自分なりの取り組みや、今回の大会で得たその収穫等々を考えるとまだ年齢のせいにする訳にはいかない。まだまだ十分やれる。やる気も満々だ。
早速今日も練習に行ってみたが、台風の影響で営業時間が短縮になっていて泳げなかった。
そういう今現在の広島地方は雨もなければ風もない。台風はどうも急カーブして東に向かったようだ。たまたま僕の住む近くは助かったが、その台風がこれから向かうエリアの方々は十分用心して欲しいと思う。自然の脅威がいかに恐ろしいかを知ったばかりだ。

うーん、出来れば今回僕のメインと位置付けた最終日の200mのことを書きたかったがもう遅いから次回にしよう(いつになることやら・・・?)最後の200は書きたいことがたくさんあるのだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

より以前の記事一覧