ギター弾き語リストのこと

2012年11月23日 (金)

いつの間にかあと1ヶ月!もっと練習の精度を上げよう!~年末恒例のギター弾き語りご披露に際し~

今日は「勤労感謝の日」で、世間は祝日だが僕はシフトの都合で仕事だった。
今はようやく体調も回復気味で、
ようやく仕事でも自分らしさを出しながら楽しく出来ているように思う。

今日もとても忙しくてクタクタになったが、
いい仕事も出来た気がするし、それにとても楽しくもあった。

そういう意味では、これぞ「勤労感謝の日!」になったような気がする。
有り難いことだ。

さて、今回は、今僕が「もう一度チャレンジしよう」と考えていることを書いてみたい。

それは、ちょっと前にもクドクド書いたが、
日々通うスポーツクラブで開催される年末の大忘年会のことだ。

何をチャレンジするかと言えば、既にクドイほど書いているので、
イチイチ書かなくても十分ご存知の方も多い(?)かも知れないが、
そう、その宴会でギターの弾き語り披露、ギター1本で歌を歌うことだ。

一応、ワタクシメのこのブログも、「superinspireのswim・song・エトセトラ」とさせて頂いている通り、
僕にとってギターで歌を歌うことは自分の人生趣味と位置付けている。

もちろん水泳競技もそれに等しいかそれ以上のものだが、
今はあいにくそこまでの体調や体力はないのでしばし休養中だ。

こちらはこちらで、目指していたレベルは問えないものの、来年春には復帰を本気で考えている。
(→10/27更新「3つの気」を取り戻そう!!~水泳大会を目指して~ご参照)

さて、最初に書いたスポーツクラブでの大忘年会のことだが、
今年のメニューは以下で検討及び練習中・・・
①「100万年の幸せ!!」~桑田佳祐
②「すべての人の心に花を」~忘年会用得意の替え歌バージョンで
③「愛燦々」~美空ひばりor「Happy Xmas」~ジョンレノン
・・・だ。

下世話な話かも知れないが、それぞれについて、現段階での解説(?)をしてみたい。

①「100万年の幸せ!!」
知る人ぞ知るアニメ「ちびまる子ちゃん」のエンディングテーマだ。
前にも書いたが、こんな曲を書けて優しく歌える桑田佳祐は本当に大天才だと思う。
明日の日曜日の夕方、この「ちびまる子ちゃん」のテレビ放送があるので、
是非多くの人に聴いて頂きたい、と何故か僕が思う曲だ。

しかしこの曲には一つの問題がある。

と言うのは、いくら練習をしても「歌詞が覚えきれない」のだ。

これはアニメの原作さくらももこ氏の作詞で、確かにいい詩で夢もあるのだが、
ギターを弾きながら歌うことを考えるとどうしても覚えきれないのだ。

歌詞全体が人の気持ちや人の思いに始終するので、
情景や風景、ストーリー的なものが思い浮かばないのだ。

一般的にある曲としては、何かしらのストーリーがあり、
そのストーリーと共に歌詞を覚えるところがあったが、この曲の場合はそうは行かない。

一般的にありがちと言うなら、
例えば誰かと誰かが知り合って、付き合って、別れる・・・のようなスト-リー的なものがあり、
そのストーリーと共に歌詞を覚えるところがあると思うが、この曲はそうは行かないのだ。

例えば、普通は、1番と2番をアベコベに歌ったら「おかしい」とすぐに気付きそうなものだが、
この曲はどこから歌い始めてどこで歌い終えてもさほど違和感がない感じなのだ。

僕は、何かを覚えるには、「イメージや映像画像で覚えるのが一番早くて楽」、と考えているので、

「そうだ、アニメの絵と一緒に覚えよう」と考えた。

エンディングの歌の時は、間違いなく背景にアニメが流れているはずなので、
その絵と一緒に歌詞をイメージして覚えようと考えた。

そして先週の日曜日、楽しみにして「ちびまる子ちゃん」を観て、
エンディングの歌が始まった。
僕はワクワクしてテレビの歌と譜面歌詞を見比べながら聴き、テレビを観ていた。

するとどうだろう。
元々4分半ほどある曲が大幅に縮められていた!

しかも歌詞に至っては、歌い出しの「Aメロ」が半分カットされ、
すぐに盛り上がりの「Bメロ」、
続いてサビの「Cメロ」になった。
原曲のように少し間奏があるかと思いきや、先のサビ「Cメロ」の後にすぐに
曲の終わりのサビの旋律的リピート部分に飛んで行ってしまった。

時間も、元々4分半程のものが何と1分半しかない。

宴会で僕のような素人が1曲4分半は長いとは思っていたので、
多少編集しようとは考えていたが、1分半は少し短い。

何よりも、映像で歌詞を覚えようとした僕の思惑は大きく狂った。
こうなったら口癖になるほど歌って練習するしかない。

今週はお気に入りのYAMAHAのサイレンとギター(夜中の練習用)で寝る前に
オシッコに行くかのごとく、寝る前に2,、3周りほど練習をするのが日課になっている。

お陰でギター演奏そのものは、難しいコードも手癖のようになって来て、
いい感じで弾けるようになって来た。

あとはやはり歌詞だ。
僕はこういった何かの機会では、「譜面台を用意しない」ことを一つのポリシーにしている。
実際、「譜面台がないと出来ない」レベルなら、本番では「譜面台があっても出来ないもの」と考えているので、僕のギターの練習は「記憶の作業」である部分が大きい。

まあ、そんなことはともかく、本番までもう1ヶ月になったので、
明日からはいい加減「本番イメージ」の練習に切り替えよう。

後はギターを弾きながらどこまで自分の歌う声が聞こえるか、だ。
(難聴の影響で、ギターを弾いているとギターの音が大きくて自分の歌う声があまり聞こえないのだ。)

何かいい方法があるはずだ。
これも練習を通して何か見つけよう!

他に先に書いた
②「すべての人の心に花を」~忘年会用得意の替え歌バージョンで
③「愛燦々」~美空ひばりor「Happy Xmas」~ジョンレノン

についても書きたいが、今日は何かとクタクタなので次回以降にしよう。

そんなところでおやすみなさい~。

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2012年11月10日 (土)

(思い切って)生歌大公開!?(下手がバレる!!)→と思ったら添付サイズ容量オーバーでした!大変申し訳ございません!!

昨日も熱く書かせてもらったワタクシメの復活「弾き語リスト!」のことだが、
先ずの目標は年末の今通っているスポーツクラブでの忘年会での
出し物芸出演だ。

一応ギター弾きはほとんど完成に近いのだが、問題はやはり歌だ。

今年の1月に恐怖の突発難聴を起こし、退院して1度だけカラオケに行ったことは
あるが、それまでに比すと、歌う機会自体が明らかに減っている。

いや、減っているどころか「なくなっている」に近い。

そんな不安もあって、
昨日からちゃんと歌付きで練習しているのだが、
思わぬ不具合が発覚した。

何と!ギターを弾きながら歌を歌うと
自分の声があまり聞こえないのだ!

全く聞こえない訳ではないので、
訓練次第でちゃんと出来るようになれると思うが、

昨年も本番に向けて結構真剣に練習したのだが、
昨年の機会と比較したら
「また別のトレーニングも要るな」
と今、練習しながら様々検討中だ。

昨年のスポーツクラブでの忘年会は本当に面白かったので、
是非今年も昨年を越えるパフォーマンスを発揮したいと思うものの
残念ながら、肝心の僕自体の状態が劇的に変わっている。


そんな訳で、
自分自身をそんな自分の状態に負けず、自分を奮い立たす意味でも、
昨年の模様を今回のブログに添付してみようと思う。

これまで、この辺のギターや歌については一端のことを書いて来たように思うので、
こんなものを掲載したらタイトルの通り「こんなものか」と
「下手がバレる」不安も多いが、
一応これでも人様の前でご披露させて頂いた生音なので、
もしもし、ご関心のあられる方は一度聴いてみて頂きたい。です。

尚、この録音は練習中にも使っていたICレコーダーを使って会場でこっそり録ったものだ。

当日、会場の音響に一部難があったので、少し聴き辛いところもあるかも知れないが、
自分で聴き返してもかなり忠実に録音出来ていると思う。

そんなことよりも、やはりよく聴けば、

「歌詞もごく一部間違っているし、細かいところでちょこちょこミスしているなあ」
とか、
「やっぱり僕はせっかくの会場の手拍子も無視したリズム取りで弾いているなあ」
というものもあるにはあるが、思い切って行ってしまおう!

もし何か問題があれば、ブログ製作者の私であれば削除することも出来るし、
営利目的であるはずがないので著作権にも触れないだろう。

収録は3曲で、

①桑田敬祐「明日へのマーチ」

②美空ひばり「愛燦々」

③ばんばひろふみ「いちご白書をもう一度」の忘年会用の替え歌

だ。

個々に解説(言い訳)したいものもあるがもういいや。

聴いて頂いてそれほど価値があるものとも思えないし気にしないでおこう。

ただ、「下手がバレる」のが少なからず心配だが、これもこの際もういいや。

実際の会場の録音そのままなので、一部固有名詞も出てくるが
その辺については変な追跡だけはご勘弁頂きたいです。

ということで、初公開、ワタクシsuperinspireの生歌大公開と行かせて頂きます!

宜しくお願い致します。

※音源は普通のMP3ですので、恐らくどなたでも聴けると思います。

以上です。

と勇気を出して勇んだ今回だったが、残念ながら
添付サイズ容量オーバーで載せられないようだ。

大変申し訳ございません。

とても残念です。

いずれまた方法考えます!

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2011年12月19日 (月)

すは、日々通うスポーツクラブの今年の大忘年会!

またまた随分間が空いてしまった今回の投稿である。

前回は早1ヶ月ほど前、先月11月20日の水泳大会のことを書いたが、その直後から僕の中には穏やかならないことがたくさんあって、いや、たくさんと言ってもいくつもあった訳ではない。
一つだけのことだが、その中にたくさんあった。ワタクシメのこんなブログでも、この間が空いた期間、僕の中はとにかく穏やかではなかった。ただ、その穏やかならないことがあったお陰で、今こうやってやっとパソコンに向かう気になれた。とても良かった。
今は本当はその辺のことについて書いてみたいのだが、とても1記事に収まるレベルのものではないし、どちらにしてもここでは書けないので、いつか僕なりの私小説にしてみたい。

僕みたいなただの超ド素人以前の者が「小説」なんて大それたことを言ったとしても、誰も相手にするはずもないことは十二分に分かっているが、しかしこれは僕の中では本気である。

実は既に少しずつ始めているが、いつかそれが出来上がってみてどんなものになるか、出来たとしてそれをどう扱うかなど何一つ分からず、何か予定などあるはずもないが、それはそれとして自分記録の意味でも、どうしても書いてみたい。

それも「小説」と言う形で・・・。

そんなことはさて置き、僕の次の水泳大会の予定はずっと先で、来年4月以降の各地の短水路大会になる。

毎年2月は愛知県の大会に出ていたが、来年のその大会は例年の2月「第1日曜」ではなく予告もなく「第2日曜」になっていた!どこぞの大きな大会とバッティングしたらしい。

ちなみに僕はその大会にも日程が合わず出られない。

僕の今の仕事は土・日・祝が初めから休みと決まっていない都合上、今期(10月-3月)の休みの「要望」は事前に申し出ていて、その「要望」を考慮して半年分の出勤のシフトを決める制度になっている。今の職場環境からすれば極めて有難い制度だ。

今期(10月-3月)の要望を出す時点では、先の2月の大会の日程が決まっていなかったため、例年通り「2月第1日曜」を休みの要望とし、それ以上のことは要望していなかった。

たまたま翌週の日曜日は仕事になっているので来年の2月の大会は断念である。誰かと代わってもらうことも考えたが、元々僕は他の所員よりも要望が多いので、それは控えることにした。非常に残念であるが、ということで来年の2月は断念した。

今年の泳ぎではいろいろ迷いもあったので、時にはしっかり落ち着いた時間を取って、じっくり練習するのもいいかと思い、その2月の大会にはこだわらないことにした。

もちろん今も日々練習している。ただ、練習と言っても、いつものようにガツガツ泳がず、自分の弱点をそれと認識し、じっくりその鍛錬に当てている。4か月超という長いスパンではあるが、一応の計画は立てているので、1ヶ月後が少し楽しみになって来ている今日この頃だ。

それよりもここ直近の最大の関心は、来週25日(日)にある、今日々通っているスポーツクラブでの恒例の「大忘年会」だ。

100人くらい集まる盛大な毎年のイベントだ。去年このクラブ在籍3年目にして初めて参加させてもらい、当時もこの忘年会についてはこのブログでもいろいろ書いた。

5分程度の出しモノを募っていたのでほぼ2年振りに大人数の前でやる大好きな「ギター弾き語り」で出演させてもらったのだ。

その去年は、2008年の変な病気の後遺症(左手の指先が意図した位置から微妙にずれる)があり、それを改善させる目的で、勇気を出して手を上げ出演させてもらった。

人前に出演することになれば、当然その責任もあるし、自分もキチンとしたいので、「出来ない(出来なくなった)ものは出来ない」と甘えず、出来るようになるまで訓練(練習)する違いないと思ったからだ。

元々僕の弾くギターなんて鳴らすだけの言わば伴奏器でしかなく、ストロークのみで歌うだけの全然大したことないのだが、例えばギターで「F」のローコードであれば、中指薬指小指の位置が時々ずれる(薬指と小指はセットでずれる)。

もっときつかったのはBm7(やF#m7)で、中指薬指がずれる。特にこのBm7の場合は、中指薬指の間に押さえない弦が1本入る(実際は手前で人差し指で押さえている)ので正直これはとてもきつかった。

下手でもギター歴だけは長い僕にとって、病気する前には考えもしなかった悲しい状態であった。それでも、当時散々練習し、完全に納得は出来ていなかったものの本番は何とかなった。

して今年今回は、お陰さまであれから1年、時間を見つけては細々と練習しながら、当時の不具合も(ほぼ)なくなり、かつてのように(?)そこそこ自信を持って弾けるようになった。

去年は口(ボーカル)、右手(ピック側)左手(弦の押さえ)のリズム感がそれぞれ微妙に狂っており、特に4分の4拍子でも、3連譜のリズムの曲などを弾きながら歌うなんて無理!と思えたものが今はほんのちょっとの意識で以前のように出来るようになった。

その3連譜リズムの曲と言えば、実は今回の忘年会の選曲の中に入れたのだが、去年その場でやりたいと熱烈に思った、ずっと以前は得意(?)にしていた有名な曲があるのだ。

平日はなかなか大きな音(声)を出して練習出来ないので、今週は有難くも土日休みで、前からこの土日はギターと歌の徹底練習に当てていた。
今日日曜日は、会社のゴルフコンペのお誘いもあったが、今回はギターと歌の練習のために「用事がある」と言って不参加とし、今日は朝から近場の大きな公園で思いっきり練習して来た。
ゲートボールに集まるおじいちゃんおばあちゃんが僕を珍しそうに(?)遠目に見ておられることがあったが、僕は「これも観衆」と思い、構わず思い切って練習して来た。

去年練習用に買ったICレコーダーがあるので、それをちょうどいい高さの木の枝にぶら下げて、それをマイクと見立てて忘年会本番を見越し、「サラッと」出来るようにと、天気は良くとも寒風吹きすさぶ中、「これでもか」とばかりに繰り返し練習して来た。とても面白く、またとてもいい練習になった。

夕方前になって、いつもの有難いチームメイトと会うことが出来たので、午前中練習で録音した今回の予定にしている3曲と他ちょっと(チームメイトが好きな曲も練習した)を聴いてもらった。
とても楽しんで聴いてくれて嬉しかった。部分部分でもう少し詰めたい部分もあるから「まだ荒削りだけど」と前置きしたのに「もう十分出来ているんじゃない?」と褒めて(?)くれて素直に嬉しかった。

スポーツクラブの忘年会の話(「弾き語り出演」の話も)はしていたが、そんなもの(ギターと歌の練習録音)をいきなり持ち出したのに、喜んで、また楽しんでくれたのが何よりも嬉しかった。
実際僕はこの有難いチームメイトのお陰でいろいろ動けるしいろいろ頑張れる。
僕にとって本当に本当に有難いチームメイトなのだ。

まだ時間は1週間もある。予定している曲をもっと熟成させ、本番を盤石にすることと、万が一のアンコール(?そんなのないか・・・?)に備えてあといくつか用意したい。

ああ、すごく楽しみだ!
今日の練習で更に楽しみになった!

明日の仕事は時差の日で、昼からの出勤なのでまた練習出来るな。

あー楽しい。頑張るぞ!

201112182※本日の練習場所

真ん中の木の枝にぶら下げているのが練習録音用のICレコーダー。

期待以上に以上に忠実に録れる!
これは使える!

しかし寒かった!
でも面白かった。

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2010年12月25日 (土)

「ギター弾き語り練習」にまつわる(?)あんな話こんな話

昨晩はこの原稿の下書き途中に煮詰ってしまい、うっかり寝てしまった。
今朝目が覚めた時は「!?今は朝?今日は仕事?」と前晩全く床に就いた認識のない目覚めだった。
(ホントかどうかは知らないが)風邪やインフルエンザにはポリフェノールが良い(?)とどこかで小耳にはさんだ気がするので、普段はほとんど飲まないお酒であるが、最近寝る前にチビチビ赤ワインを飲んでいる。ブドウは目にもいいと言うし。(それはブドウじゃなくてブルーベリーか?)昨日は少し飲み過ぎたのかな。まあいいや。

そんな訳で、今日は昨日書きかけた話しにしよう。

昨日はとても充実した休日だった。休みの日なのに、たまたま早くに目が覚めたので午前中に年賀状の宛名を全部書き終えた。

僕が使う「ペン」は妹の仕事の関係もあり、入社以来徹底して「世界の筆記具」と称される「○イロット製のペン」と決めているが、たまたま近くのコンビニで見かけた「筆ボール」(他社)なるペンは宛名書きにはその太さや書き味が抜群に良く、特に上手でなくても自分で書く字は自分でも結構好きなので、何だか文字を書くだけでも楽しくなって来て、そのまま一気に仕上げることが出来た。これで予定の明日25日に全部投函出来る。年賀状の宛名を書くという作業的な負担(?)を感じることなく予定通り完了出来て良かった。

昨日はとても天気が良く暖かかった。26日日曜日には、今通うスポーツクラブの忘年会で「ギター弾き語り」という出しモノをさせてもらうことにしている。あまりにも久々なので、もう少し練習をしておく必要があると思い、瀬野川公園という近くの大きな公園に練習に行くことにした。ギターの練習であれば夜中でも愛用のサイレントギターで出来なくもないが、やはり伴う歌もしっかりしていないと全然映えない。素人の宴会芸程度であれば、経験上ギターはそれほど上手くなくても、歌さえしっかりしていれば何とかなる(?)部分も無きにしも非ず的なところがあると思うので・・・

突然だが、ここでちょっと思い出した話。

会社に入って間もない新人の頃、職場の先輩に、学生時代、「尾藤イサオ」のバックバンドをしていたという人がいた。何かの宴会の時、思えば当時から僕はギターを持ち込んでは何か歌っていたのだが、そんな折り、誰かが「オイ、○○君、君も何かやってみ」とその彼が舞台に駆り出されたことがあった。
彼の腕前は正に「プロ級」で、誰が見ても僕の低次元の素人宴会芸レベルとはお話にならないほど素晴らしく、そもそもの「程度が違い過ぎる」と唸るほど彼の方が上手いに決まっていたのだが、彼には「ボーカルがなかった」分、会場の「ウケ」としては僕の方がまだ良かった。(あくまでも宴会の1シーンとしての話。僕がやったのは当時サザンの流行り歌でもあったし。)
その時、(僕みたいな)素人が人前で何か演奏する時、「いかにボーカルが大事か」ということを学んだのだった・・・。
ついでながら、彼は大学を卒業する時、そのままプロになるか今の会社に就職するかで相当悩んだと言っていたが、結局会社に就職する道を選んだ、ということだった。
もし仮に僕がその立場にあったらどうしていただろう??

ふと思い出したが、あの評論家の大前研一氏もフルート(だったかな?)はプロ級の腕前らしい。アメリカの大学を卒業する時、いくつかの楽団から誘いもあったそうだが、「趣味をそのまま『職業』にすると趣味が趣味でなくなり、楽しかったものが辛いものになるに違いない」と考え、今の仕事を選択したとのこと。

あの長嶋茂雄氏はかつて「才能は意志である」と仰せられたとのこと。結局、こういった選択(プロになるか否か)を迫られた時、「プロの道を選ぶ『意志』こそが『才能』だ」、という意味らしい。「才能があるからプロになる」、というのもそうに違いないと思うが、「プロになったから本当の才能を発揮した」、という部分も大きいのだろうなとも思える。プロゴルファーの石川遼なんか見ているとホントそう思う。

一時期流行った「バカの道」ではないが、夢と現実を天秤にかけるのは本当に難しいことだと思う。そういう意味で長嶋茂雄氏の言葉はけだし名言、実に深い!と僕は思うのだ。

いや、待てよ。考えてみればごく普通のサラリーマンでも、種類が違うだけで「プロ」であることには違いないので、僕みたいな一介のサラリーマンであることを決して軽んじてはいけないのだ!

閑話休題。
そんなこんな訳で、「ギターを弾きながら思い通り歌える練習」「思い切り歌いながら思い通りギターが弾ける練習」をしようと近場の瀬野川公園に行った。

Dsc_0011 ※瀬野川公園

今は冬だから少し寂しく見えるけど、新緑の時期や夏場はとても綺麗なところ。

Dsc_0012

大きな芝生地はもちろん、他にテニスコートやジョギングコース、隣には野球場もあり、元気な若者たちや家族連れで賑わうこともしばしばの立派な施設。

Dsc_0015

僕が練習場所に選んだのは上2枚の風景が眺められる大きな駐車場の隅の方のベンチ・・・。

こんなこともあろうかと先日買っておいたSANYOのPCM/MP3録音の出来る「ICレコーダー」に自分の演奏と歌を録音し、聴き直しては不満点をやり直すという練習に徹することが出来てとても面白かった。(後でパソコンに転送して聴いてみたらかなりリアルに録れている。「これは使える!」と感激した。)もっと早くからやっておけば良かった!と少し後悔・・・。

日が暮れて来るとさすがに寒くなって来て、一旦車の中で暖を取っていたら、係の人に「間もなく閉門」と追い出されてしまった。もう少し練習したかったのに!
まあいいや、幸い明日は休みなのでまた練習しに行こう。

明日は昼間から寒いかな~?

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2010年12月 5日 (日)

僕の大切で一張羅の「ヤイリギター」

一昨日でも書いた「脱サウスポー宣言」として、昨日の水泳の練習ではまた普段と反対の「右呼吸」限定にした特別メニューで大いに頑張った。苦手な右呼吸の癖付けも「何とかなりそうだ」との思いを更に強くするいい調子で、少しメニュー増やそうかなとも考えた。

でもダメだ。まだまだ完全に自分のものにはなっていない。それは状態を盤石のものにしてからの話だ。まだ完全に出来上がってもいないのに急いで次のステップに入っては旧の木阿弥になりかねない。最低もう2週間は今のままで続けよう。そしてメニューアップはその時の状態でまた判断することにしよう。

さて、昨日の一番の出来事は、忌々しくも大キズを付けてしまった僕の大切なギター(フォークギター)を修復させたことだ。

ずっと僕の一張羅として使っているのは「(K)ヤイリギター」の桑田モデルだ。これを買ったのはもう8年前、2002年のことになるが、当時桑田佳祐はソロ活動中で、アルバム「ROCKN ROLL HERO」のライブツアーをナゴヤドームに観に行った時も実際に使っていた。

フォークギターで有名どころと言えば、先ずマーチンにギブソン、あとヤマハ、タカミネ、モーリス、最近ではヒストリー、他独特なスタイルのオベーション(カーマン)なんかをよく見かけると思うが、この「(K)ヤイリ」は、今では純国産のオールハンドクラフトメーカーとして有名で、そこそこの楽器店に行けば上位クラスとして売られている。そのクオリティには定評がある割にリーズナブルで、一番高いものでも20万円以下だ。

もう15年くらい前だろうか、当時名古屋で営業の仕事をしていて、仕事の用事で岐阜県可児市に行った時、たまたまこの「ヤイリギター」の本社工場の側を通った。その時はその存在を全然知らず、「地ビール」みたいなメーカーなんだろうと思っていた。工場の看板では「オールハンドクラフト」が大きく謳われていた。

後々、井上陽水や矢井田瞳、福山雅治など一流のミュージシャン達が使っていることでどんどん上質な有名メーカーになっていることを知り、ついには僕の教祖的存在の桑田佳祐まで使い出したことを知り、俄然興味が湧いた。

その時持っていた僕のギター群にはどれもそれぞれに少々不満があり(腕の問題かも知れないが・・・)、ここは一本ちゃんとしたのを持とうと、少し高かったけど店員の勧めと店頭の試奏で強烈に気に入り、迷うことなく買ったものだ。そんな縁でここの楽器屋では度々イベントライブに出演させてもらった。

それからというもの、このギターが大好きで、何かのイベント(人の結婚披露宴や素人ライブ)ではほぼこの桑田モデル1本で過ごして来た。随分活躍もしたし思い出も多い。(他にも一杯あるのに・・・。)このギターは一生モノとして使えるだけの十分なクオリティもある貴重な逸品だ。(桑田モデルとしても)この

ギターは、手にしてからいつでも手に出来るよう部屋にスタンドで立てているが、2年前、ここ広島に引っ越して来て間もない頃、部屋の片づけをしていた時にプラスチックの衣装ケースを天井の高さから落とした。その時はまだ病み上がりで日常的に頭がボーっとしていて、体調も良くなく、うっかり落としてしまった。そんな状態だったので、「これも止む無し」として何とも思わなかったのだが、よく見ると落としたケースが大切なギターに直撃していた。落とした位置も悪く、ギターには大きなキズがついていた。「やってしもうた!」と泣けるほど嘆いたが、その時はまだ多少の左半身麻痺も残っており、ギターはあっても上手く弾けない状態だったので、「これも一つの(悪い)思い出だ」とずっと諦めていた。

Dsc_0002

そんな折り、今月末の通うスポーツクラブの忘年会でギター演奏が出来ることになって、またこのギターで真面目に練習をしているが、どうもキズの影響なのか、特に低音のコード(特にE系統)を鳴らした時にボーンと低い音が後から付いて来るような変な違和感に気付いた。それまで何にも感じなかったのに・・・。

いくら大好きなギターでも、音がおかしければ弾いていても気になるし、どうにも面白くないので、今はもう作っていない桑田モデルのベースモデルを買い直すことも少し考えた。

いや、その前に出来る限りのことをすべきと考えた。キズは位置的に手鏡を使ってもどうしても見えないので、先週一旦全部弦を外してサウンドホールから手を入れてギターの内部、傷の裏側を触診したら、ちょっとした出っ張りがあった。

フォークギターの中なんて、内部の添え木の位置取りや生ギターをエレアコにもなるよう改造するための小さなマイクと、伴う配線一つで音なんていくらでも変わる。実際2007年、僕も今後大きなライブ会場用にと、アンプが通せるよう内部にマイクを取りつける改造した。作業はヤイリギターのプロのクラフトマンにお願いしたのだが、「生音はどうしても少し変わってしまう」と、ピックアップ(マイクに当たるもの)の取り付け位置や何パターンかある配線のうちどれがいいか、とのヒアリングまで受けるほど慎重なものだった。(実際少し変わった・・・)。

それを思えば、こんなところに無駄な出っ張りがあっては満足な音が出るはずもないなと思い、今度は僕のハンドで修復することを考えた。

先ずカナヅチを使って慎重に出っ張りを出来るだけ平らに戻し、一部割れと思われる隙間があるように思えたので、そこは木工用ボンドを指先につけ、手探りで埋めた。念のため、車の天井にスキーのキャリアを取りつける時のキズ防止用のシールをこれも手探りで貼った。

そして昨日ほぼ2年超振りに新品の弦に張り替えた。

すると何と!音には何の違和感もなく、元の綺麗でナチュラルないい音に戻った!

ずっと貼りっぱなしだったクタクタの弦が悪かったこともあると思うが、過去に同じような状況(弦張りっ放し)でも今まで聞いたこともない変な違和感はなくなり、少なくともこれまでのお気に入りの音を取り戻したことには違いない。目に入る表の傷は変に触りたくないので、ギターと同系色のピックを貼って安易に目立たなくした。

Dsc_0003

こうなると適当にジャラ~ンと音を鳴らすだけでも楽しくなって来て、昨日は随分練習した。

これで月末に向けて気分良く思いきり練習が出来る。ああ、良かった!

昨日のプールでは、いつもコース取りで気を遣って頂き、とてもお世話になっている例のマダムに会った。ここのクラブの忘年会でちょっとだけ出演させてもらうことを話したら「是非聴きたい」と言ってくれる。

大丈夫かな。今の段階でこんなこと言って。もし明日が忘年会ならやらない方がまだマシなレベルだな。

もう既に自ら進んで手を挙げたのだから、頑張って期日までに最低でも自分で納得のいくレベルに仕上げなくちゃ!

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2010年10月27日 (水)

韓国ドラマ、お気入りの主題歌を「僕が」弾き語りするには・・・?

今日仕事は休みだった。休みの日にしては久々に普通に起きた。
今日は平日なので周囲の人もいないし、午前中は思い切ってギターの練習をした。先日の特訓以降少し感じがいいので、今日も気分良く弾けた。でも僕が思う程度にはまだまだである・・・。
大体僕が弾くギターなんて、ただ弾いて歌うだけのものなのでそのレベルは素人に毛が生えたようなもので正味たかが知れている。ただの伴奏でしかない。
でも、歌うことが大好きなので「その程度」でも自信を持って(?)頼まれもしないのにいろいろな所にしゃしゃり出て来たものだ。その程度としても何とかその感じを取り戻したい毎日なのだ。

一時期調子を崩してから少し前までは、自分で押さえたい弦とずれた弦を押さえてしまうことが多くとても悩んでいた。でもようやくその辺も解消しつつあるようで、最低限の不具合はなくなりつつある。後は、弾く技術そのものも当然そうだが、次に解消させたいのは弾きたいように弾けるリズム感テクニックだ。

ただ弾いて歌うだけの僕でも、例えばAメロからBメロ、またサビに入る前の1小節分くらいは、ドラムのフィルではないが自分なりに独自のアクセントを付けるようにしているが、その辺のニュアンスがまだだめだ。数年前の練習量と今とでは雲泥の差があるので仕方ない部分もあるとは思うが、何とかこの辺の不具合も早く解消させて楽しく弾きながら歌えるようにしたいものだ。

僕は普段の練習では譜面は見ない。
ただの弾き語りでしかない僕の場合、コード進行さえ頭に入って入れば十分弾けるので、自分として定番の練習曲、サザンであれば「神の島遥か国」「LOVE AFFAI~秘密のデート」、「メロディ」、「夕陽に別れを告げて」「いとしのエリー」「チャコの海岸物語」「あなただけを」「希望の轍」「YAYA~あの時代を忘れない」・・・他、桑田佳祐としては「祭りのあと」「白い恋人達」「可愛いミーナ」等々。
他に「すべての人の心に花を」とか「いちご白書をもう一度」や「あの素晴らしい愛をもう一度」、「愛燦々」、英語の曲ならば「TOP OF THE WORLD」「HOTEL CALIFORNIA」「BE MY BABY」・・・等々。この辺は多少順序が逆になることがあっても基本的に歌詞は覚えているので特に譜面は要さない。その時々の気分で曲を選んで繰り返し練習している。
しかし、自分が好きな曲を多少なりとも自分で伴奏しながら歌うのは本当に楽しいし気持ちがいい。僕の大切な趣味だ。

そんな折り、今日ふと、「そうだ、先日ハマりにハマっていた韓国ドラマの主題歌もレパートリーにしてみたい」と急に思い付いた。
特に「オールイン~運命の愛」の主題歌「初めて出逢った日のように」はすごくいい曲で、今でも時々思い出しては頭の中を流れる。何とも抒情的、情感触れる渋い曲だ。

そう思い付き先ず携帯電話の着メロをダウンロードしてみた。やはりいい曲だ。そこに思い出すいろいろなシーンまで重なって来たら「こりゃもうたまらん」という気分になってしまい、早速YAHAMAのHPで入手出来る「ぷりんと楽譜」で探してみたがヒットしなかった。

ならば、と最寄りの楽器屋に走った。そこにもなかった。よく探せば全くない訳ではないのだが、弾き語りとしての譜面はなかった。あるのはどれもピアノソロ集だった。たまたま僕が必要とするコード進行も付記してあるものを見つけたが、歌詞がなくワンコーラス分くらいしか載っていないし、他の曲もたくさん一緒になっていて僕が必要とする分からすればちょっと高いから保留にした。

「やむなし」と思い、わざわざ高速にまで乗って広島市内行きつけの大きな楽器屋にも行ってみた。結果は同じだった。もっと調べて絞り込んで探すなり取り寄せるなりしないとだめだろう。ついでに、ここにしか置いていない僕が愛用しているピックを買い足した。ここでの成果はこれくらいしかなかった。ピックなら何枚あってもいい。

でも考えてみれば、英語ならともかく韓国語なら、歌詞が載っていたとしても読めないし発音も分からない。CDを買えば歌詞を見られたとしても、「対訳」では意味がないし、どうやって「弾き語り」にまでもっていけばいいのだろう。どこかにカタカナで歌詞をふったものないかな。

韓国の曲を弾き語りするには相当な壁がありそうだ。
改めて検索してダメなら、ワンコーラス分だけでもコード進行を入手して(リピート部分は譜面も要らないだろうし)、歌詞は聞いたままをそのまま自分流にカタカナ表記にしてまとめる?今のところこれしか手がなさそうだ。

そうか、ドラマの中のフェードアウトするものはなく、正規のフルコーラスで聴けるCDもいるな。せめてそれだけでも買って来ればよかった。これは失敗だった。

韓国語そのままの輸入版でいいからどこかにちゃんとした譜面ないかな。それか日本人が日本語でカバーしたものとか。でも曲はやっぱり原語がいいか。
完成させようと思えば(いや、何としてもやり遂げたい)、これはちょっとしたプロジェクト(?)になりそうだ。

夜はもちろん水泳の練習に行った。次回にしたが今とてもいい感じだ。

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2010年3月 8日 (月)

「来るべき日」に向けて先ずは地道な練習を

エリック・クラプトンと故ジョージ・ハリスンは大の親友だった。

ジョージ・ハリスンがビートルズのメンバーとして一時インド哲学に凝っていた頃、妻のパティーのことをあまり構わなくなった。そんな夫の態度が不満で寂しさを感じ始めたパティーは夫の親友であるクラプトンに近づいた。自分が夫の親友と親しくすれば夫も気付いて自分のことを構ってくれるようになるだろうと考えたのだ。

ところがクラプトンはそのパティーに本気で惚れてしまった。いくら好きになってもその女性は自分の親友の妻だ。どうすることも出来ないクラアプトンは、やり場のない思いを曲にした。それがクラプトンの代表作とも言える「いとしのレイラ」だ。

すでに十分有名過ぎる曲なので言うまでもないが、その「いとしのレイラ」という曲は、有名なイントロのギターリフもクラプトンのヴォーカルにも鬼気迫るものがある。歌詞に至っては登場人物が「パティー」から「レイラ」に置き換わっただけで正に「そのまま」である。

そんなエピソードに触れて僕がクラプトンの大ファンになったのは大学生の時のことだ。僕は高校時代にサザンオールスターズに極端にハマり桑田佳祐の著書もいくつか読んだ。「ただの歌詞じゃねえか、こんなもん」「ケースケランド」「ブルーノートスケール」辺りがそうだ。

その中にクラプトンのこともたくさん出て来る。桑田佳祐が今では妻の原由子のことを最初に気にしたのは、大学で同じサークルだった原由子がその「いとしのレイラ」のエンディングのピアノソロを弾いていたことに始まるそうだ。

桑田佳祐もクラプトンの大ファンなのだ。何年か前のAAAAct Against Aids)のチャリティコンサートでも「エリック・クラプトソ」なんていう面白いタイトルのライブもあった。あの名曲「いとしのエリー」(原由子あて)も元はクラプトンの「いとしのレイラ」を真似して付けたタイトルとのことだ。

その桑田が言うクラプトンとはどんなものだろうと先ずは興味本位でクラプトンを聴いてみた。最初に聴いたのはクラプトンのデレク&ザ・ドミノス時代の2枚組のアルバム「LAYLA and other assorted love songs」(1970年 邦題:「いとしのレイラ」)だ。 その「いとしのレイラ」は「いとしのエリー」とは似ても似つかない、全然違う曲調に先ず驚いたのだが、ライナーノーツにあった先のエピソードを知り、ちょうどエレキギターを始めた頃と重なり、僕はクラプトンの虜になった。クラプトンファンとしては既に随分後発だったのだが、先ずは当時まだ「現行」であった「AUGUST」(1986年)から1枚ずつ時代を遡ってアルバムを買い集めては聴き、ギターも練習した。「クラプトン専門店」でいいならレンタルCD屋が出来る。もちろん「サザン・桑田専門店」も。

でもエレキギターの場合はバンドでも組んでいないとなかなか発揮する場面がなく、大学時代は野球部中心だった僕にバンドを組むような余裕などなく、結局エレキは遊びにしかならなかった。

元はサザンが好きなあまり、歌が歌いたくて始めたギターなので、大学を卒業し、就職してからはずっと「弾き語リスト」としてのフォークギターばかりだ。(クラプトンに関してはまだまだ書きたいことが山のようにあるがまた別の機会にしよう。)

これまで人の披露宴はもちろん、会社などの宴会でも望む、望まれずに関係なく何度となく人前で歌を歌って来た。最近はかなりご無沙汰なのだが、いつか来るべき日に向けてこっそりとリハビリ、練習をしている最中だ。

そんな折り、今年の7月で定年退職される会社の「ゴルフメンバー」の方の送別コンペが626日で予定されていることを一昨日知った。当然僕も何としても行くし、プレー後は間違いなく毎度お決まりの二次会もあるはずなので先ずはここを目標に練習しよう。やはり具体的な目標がないとなかなか練習も真剣に出来ないものだ。もしそのゴルフの二次会で上手く出来れば、会社として開かれる送別会でも披露出来るかも知れない。ごく普通のサラリーマンでありながら(素人)ミュージシャンでもありたい(?)僕としては絶好の機会だ。

もし本当に出来るならどんな曲がいいだろうか。やはりそんな場面では、僕が個人的に好きな曲ではなく、それに脈略を持たせたふさわしい曲でないとダメだ。

過去には、定年退職などの宴の場面では「愛燦々」、上司の転勤や自分の転入の時には「夢で逢えたら」(一部替え歌とセリフ)、「花~すべての人の心に花を」(これも一部替え歌)、「君こそスターだ」(これはサザン)なんかもやったことがあるが・・・。

「愛燦々」については僕の中とかつての名古屋三重時代は周知の「定番」であった。

ここ広島は僕自身も周囲にとっても「僕」は初めてみたいなものなので、かつてとかぶらない(?)からやっぱり「愛燦々」だろうか。主だった曲の譜面や歌詞の資料なら既にいくらでも持っているし、YAMAHAHPで手に入れることも出来る。うーん考えどころだ。

いや、そんなことより先ずはそれに耐え得るギターの練習と発声の訓練が先だ。

楽しみなことが1つ増えたな。

また明日から改めて(素人)ミュージシャンデビュー(?)を目指して頑張るぞ!

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2010年2月28日 (日)

僕にとっての「kamakura」

kamakura」と聞いてピンとくる人はきっとサザンオールスターズのファンでしょう。昨日226日はあの偉大な桑田佳祐の誕生日だ。別に誕生日だからと言って特に何かある訳ではないが、僕にとって桑田佳祐やサザンオールスターズは、僕の人生趣味を変えた存在と言える。

その「kamakura」とは、1985年に発表されたサザン初の2枚組アルバムだ。1985年と言えばもう25年も前のことと思うともうそれだけで驚きだが、僕はその年、高校に進学し、前にも書いた通りカナヅチの僕がいきなり水泳部に入部した年だ。

音楽なんて、当時の僕は適当に流行りの歌謡曲を聴く程度で、特に「音楽に興味がある」と言うものではなかった。サザンについては、小学校の時流行った「勝手にシンドバッド」「いとしのエリー」や「チャこの海岸物語」、今では考えられない紅白歌合戦にサザンが出場した時の「東京シャッフル」、中学の時の「ミス・ブランニューデイ」なんかには多少興味を持ったが、特に「好き」と言う類のものではなかった。

高校に入って水泳部にも馴染み、当時の水泳部の先輩が「これ聴いてみ」とカセットにダビングしてくれたのがその「kamakura」だった。その時までの僕には聴いたことのない音楽が満載で、とにかくその音楽のクオリティの高さと幅の広さに驚き、一般に知られるシングル曲の範囲でしかサザンを知らなかった僕は、「これがアルバムと言うものか」と先輩にもらったそのカセットに、それこそ周囲がうっとうしがる程めちゃくちゃハマった。口を開けば「サザンサザン」ばかりで、色々な場面で実際にうっとうしがられていた。当時はまだ「歌謡ベストテン」なんかもやっていたが、サザンを知ってからはサザンが出ない週の放送にはほとんど興味がなくなり、明けても暮れても、可能な限り授業中までサザン一色になった。周囲に対しても「もうサザンしか聴かない!」などと何故か僕が威張り散らす(?)程になっていた。

その「kamakura」は、後から知ったのだが当時サザンが音楽活動に煮詰り発売が1カ月近く延期になって9月に発売されたものだった。その時はちょうど文化祭の準備中で、高校に入って初めてその文化祭のいい雰囲気に触れ、同時にサザンの「kamakura」にハマり、その中でも2枚目の「夕陽に別れを告げて~メリーゴーランド」という曲なんかは、その文化祭の後先の情景と重なり、120回以上は聴いていたと思う。聴き過ぎて飽きるなんてものではなかった。そしてその曲の感動が極まり、「僕もこんな風に歌いたい!」と聴くだけでは我慢ならなくなりギターを始めることにした。そしてとりあえずたまたま家にあった父のクラッシックギターで、当時の「サザン全曲集」の弾き語りの譜面を買って来て最初はチマチマ練習していた。いきなり譜面から入っても弾ける訳がなく、自分なりに教書を一杯買って来てはいろいろ練習した。

高校の授業には一部選択制の教科があった。それは美術、音楽、書道の3つのうちのどれか1つで、僕は絵を描くのが好きで得意でもあったので既に美術を選択してしまっていた。水泳部は水泳部で忙しく、結局ギターはほとんど独学で練習していた。ギターを始めて数カ月してある程度コードくらいは押さえられるようになって来たら、今度は当初の夢(?)であった「弾きながら歌う」ことを目指したが、これがなかなか曲者で、僕には何としても出来なかった。「多分僕には無理」と思いかけたある日、突然それが出来るようになって自分でも「あれ?俺、歌えてるじゃん」と大いに驚いた。

高校時代にギターを始め、それから大学時代、社会人になってから、とそれから先の僕のギターエピソードのことは書き出したらキリがない。

京都の飲み屋街の路上で初めて人前で歌った人前デビュー、友人知人の披露宴、会社の各種宴会、得意先の忘年会や創業祭のイベント、居酒屋で、全然知らない会社の結婚退職者の送別会へのギター乱入出演事件、想い出深い知多半島の先端、師崎「チッタ・ナポリ」でのライブイベント、お世話になった島村楽器でのライブイベントやその時知り合った人達と一緒に作った愛知県豊田市香嵐渓での野外ライブ、三重県津市内のバーで2時間もらった「流し」の経験・・・etc

今後も、いつ何時でもギターを弾きながら歌える現役プレーヤー(?)でいるつもりだ。早く錆びついた腕と声を戻さないと!

ここ最近(と言っても10年以上)でこそ披露させてもらう楽曲は増えたが、

僕のギターの始まりは「サザンオールスターズ」であり、

もう25年前にもなる偉大な傑作アルバム「Kamakura」なのだ。

今は無期限活動停止中のサザンオールスターズだが、昨日26日の桑田佳祐の誕生日に際し以上のことを書いてみた。今さっき箇条書きのように触れた僕のギターエピソード(全部超ローカル&素人のエピソード)のこともまたいつか書いてみたいなあ。

それぞれが楽しくてたまらなかったいい想い出なのだ。

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