私の中の準名作(?)記事

2021年2月14日 (日)

自分の中での「理解」から。~「理屈」vs「体感」~

今日は02月14日日曜日、“CD46”。


日曜日か。


そうだ、日曜日は“進捗確認日”にしたのだった。


今日は終日決まった予定がなく時間がある(はずだ)からその辺チキンとしよう。


焦ったらいかん、無理したらいかん、は確かなのだが、そればかりでもいけない。


何をするにも、どこからがその領域になるのかが分からない。分かる人もいない。分かる(判断する)なら自分だけ。


その辺を踏まえて今日も各種取り組もう。


◇◇◇


しかし、先日導入の“足濃ぎマシン”はとてもいい。


まだ昨日の今日のようなもので、何かしらの成果が出るものではない。


ただ、やっていて色々発見がある。


例えば自転車のペダルを漕ぐなら、体左右のバランスが必要で


右足を伸ばせば左足を引く、

引いた左足を伸ばせば今度は右足を引く、

のようにバランスよく左右交互に違う動きをしなければならない。

(こんなの言うまでもなく当たり前)


ただワタシの場合は左に麻痺があるから、少し足で漕いでみると、最初はよくてもそのうち、

両足“同時”に力が入って(足が伸びきって)しまって漕げなくなる。(無意識)


引き続き漕ごうと思えば、


「あれ?どうすればいいんだっけ?」


のように頭の中が混乱する。(のが分かる)


これが“麻痺”なのか、と体感的に分かる。


結局ワタシの場合、身体中の筋力が足らないのではなく、

(もちろん単純に足らない部分もある)


「体の正しい動かし方が出来ない」

すなわち、

「脳からの正しい指令が必要な部位に届かない」


のだということを実感する。



こんなのずっと前から言われていた。

「理屈」ではそうなのだろう。


ただ、それを改善させるための具合のいい訓練方法を見つけられなかった。(環境もなかった)


今にしてこんなことを「体感」として自分から理解することが出来た。


こんなの頭で分かっても体で出来る訳かないから、それを理解してひたすら適切な訓練を考案し(専門家にも相談し)繰り返すしかないだろう。


これから行う各種のリハビリ(「リハビリ自主トレ」を含む)において、自分の中でのアプローチを変えらたらいいなと思う。


当然万能ではないから、こう理解することで更に苦しんだり悩んだりすることが出てくるに違いない。


でもそれは悩みではなく「必然」のはず。

「知らなきゃ良かった」ではない。


まさかあんな簡単なマシンでこんなところに行き着くとは思わなかった。


今後のワタシの変化に期待したい。

期待ではなく能動的に変化させようと思います。

よく考えて-考えて-考えて真摯実直に取り組みます。


以上です。























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2021年2月12日 (金)

(まだ早い、早すぎるけど)次なる高みへ!

今日は02月12日金曜日、“CD48”


昨日記事にした目当てのマシンが“某有名通販”から届いた。


その“某有名通販”のレビューでは「使えない」「返品した」等ネガティブな書き込みが多かったので正直とても心配だった。


「早まったか!?」と思いはしても、実際に現物を前に少し工夫してみたら何でもない。


正にイメージ通りの使用感。


ワタシは大満足。


ネットの書き込みが如何にアテにならないかがよく分かった。


よく考え自分を信じることだ。



◇◇◇



それはともかく、

これでトレーニングをすることで、ワタシが抱える多くの悩みの幾分かは和らげられる可能性があるのではないかと大いに期待している。


もちろんワタシがよく考えて真面目に頑張れば、だが。

(頑張るに決まっている!)


昨日少し使ってみて、

1_これまで不可能と思われた動きが出来る、

2_少し動かしたら(体に)こんな反応があるのか・・・等々

いくつも発見があった。


既に大のお気に入り。

とても嬉しい。


今はまだ起きた(目覚めた)ばかりなのでいけないが、早く使いたくてたまらない。


と言って、勢いに任せてゴリゴリやればいいというものでないことも昨日試してみて分かった。


日々のルーティーンに上手く組み込んで効果のある使い方をすることだ。


そして目指す目標(まずは「小さな目標」)を達成し、

次なる高みを臨みたい。


・・・、


コレに興奮してしまって昨晩はよく眠れなかった。

喜ぶのはまだ早い、早すぎる!


一旦静まろう。



すみません。


以上です。












Dsc_1111

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2021年1月18日 (月)

「リハビリ自主トレ」について考える。

今日は01月18日月曜日。


(月)だから恒例の“G”の~~はいいとして、今週も各種目的を意識してしっかり取り組もう。

(そう決めているから、のような“半”惰性は良くないと考える)


昨日触れた「リハビリ自主トレ」のこと。


色々考えた結果、都度の運動サークル時間を1分30秒から1分10秒に減らすことにした。(-23%)


1回の負担が大きすぎると形が崩れる傾向にあるため、負担を減らし都度の精度を上げることを意識しながら状態を見て後々時間増を図ることにした。


やりながら“気付き”を得るためには機会そのものを減らすのはよくないと考えるため日3回(朝昼晩)は維持する。



また、これまで(前の私設)「リハビリ自主トレ」中に音楽をかけるのを習慣としていた(許されていた、甘えていた)が、しっかりやろうと思えばこれは「ない方がいい」ことに気付いた。

(「リハビリ自主トレ」は自室から出た施設共有の通路で行う)


今は施設を変わったばかりで新入りのため神妙になり大人しくしていたが、そろそろ慣れてきたので音楽でもかけようかと思ったが要らない、「むしろない方がいい」と思うに至った。


前はワタシが好き勝手に音楽をかけることで時に「うるさい、やかましい」等と揉めたことさえあったのに、今更こんなこと前の施設の人にはとても言えたものではない。

(ワタシのブログなんか誰も見ていないから書いちゃう)


とにかく、日々に意味を持たせなければならないのだから隅々真剣でありたい。


◇◇◇


としつつ、いつもギチギチで窮屈な生活をしている訳ではない。


隙間隙間でソコソコ楽しく(?)もやっている。(つもり)



今はワタシの都合(意向)で仕事もせずリハビリに専念しているけれど、これをいつまでも続けられるものではない。それではワタシも嫌。


完全に未定中の未定の域を出ないが、

いずれどこかでリハビリ中心の生活から離れることになる。(ことにする)

その時のことも少~しは考慮しておきたい。


それよりも今はリハビリ-リハビリ&リハビリ。


ここで納得出来なければ次には行かれない。


納得出来るか出来ないかの判断は「ワタシ」。


・・・・・・、


ごちゃごちゃ書き出したら面倒な話になるので終わります。


以上です。














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2021年1月16日 (土)

意気込みを違えて取り組みたい。~リハビリなんか成果を出してなんぼ~

今日は01月16日土曜日。


これまで土日は何も決まった予定がなくどこかふわっとしていたが、要望して先週から(金)のリハビリマッサージを(土)にスライドしてもらった。


だから今日は午前にリハビリマッサージがある。


このマッサージはマッサージでありながらOT(作業療法/上肢/手・腕)寄りのこともして頂けるので実に有り難い。



上肢に関してはこれまで自分でやる“我流”リハビリのみで、リハビリ病院を出てからの約5年超は何もしていなかったに近い。


今更ながらでもキチンとしたリハビリを受けられるのは本当に嬉しい。

過去は“我流”だったと言っても完全に“無”ではなかったはずだから“ゼロスタート”ではない。(と思う、思いたい)


だからワタシなりに充実感(と期待?)はある。


現状の手・腕(左)の使える程度は“ゼロ+α”くらいだけど負けずにしっかり取り組もう。


◇◇◇


で、昨日はPT(理学療法/下肢/足/歩き)のリハビリがあった。


前回(火)では自分の程度の低さにガックリ来ていたのだが、そんな中で昨日は先生から自分で出来るとてもいいリハビリ方法をお教え頂いた。


ワタシにとって「リハビリ自主トレ」は不可欠だ。

(「日常」こそ「リハビリの胆」とするのがワタシの考え)



と言って以前も一時は似たようなことをしていた。


でもその時はその成果を計られる機会が(ほとんど)なかったので、「これ、何のため?」と勝手にシビレを切らせていつの間にか“我流”に走ってしまい(か止めてしまい)結果として効果がないか中途半端になっていたのは否めない。


過去のことを今更ガタガタ言っても仕方ないが、

言ってみれば過去のリハビリ(特に「リハビリ自主トレ」)は「練習のための練習(のもう二三歩以上手前)」になっていたのだと反省する。


今回教えて頂いた方法でどこまで成果を出されるかは分からない。


でも成果を計られる機会が大いにありそうなので、同じ「リハビリ自主トレ」をするにも“意気込み”を違えて感じられる。


こうしている今だって「早く「リハビリ自主トレ」がしたい」と思えてくるくらいだ。


リハビリなんか、いくらやる気があって楽しさを感じて「頑張って」も成果が出なければ意味がない。


そこのところをよく心得て励みたい。


以前から「リハビリ自主トレ」にはソコソコ執着を持って取り組んでいたが、今はその「中身≒具体的に向かう先が違う」と思えてくる。


くどいが、

「リハビリなんて成果を出してなんぼ」であることを片時も頭から離さず前向きに取り組もう。


(「リハビリ自主トレ」で)何をしても何が出来てもすぐに成果は出ない。


1か月、2か月後を楽しみにしたい。

(前者なら02月後半、後者なら03月後半≒04月手前)


1年なんてアッチュウマだ。


あー、恐い恐い・・・としている間があるなら

「時間を無駄にしない」ことを念頭に愚直に取り組もう。


「焦って」はいけない、「急ぎ」も出来ない。

でも「密度」なら変えられる??


以上です。






















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2021年1月 5日 (火)

大事なのは気付けること≒変化すること(?)

今日は01月05日火曜日。


日は着々と進む。


毎日こんなことを言っていては鬱陶しがられそうだ。

ワタシも疲れる。


でも時間の進みから気を離してはいけないと常に思っているからどうしても口に着いて出てくる。


・・・、

そうだ、以前「時間」については「無駄にしない」ことが一番大事としていた。


そうだそうだそうだった。

今一度思い出して行動に繋げよう。


“鬱陶しい”と思えることも、こうして実際に書いてみて思い出した(ワタシが)。

良かった。



◇◇◇



昨日はここでのお風呂だった。

(ワタシのお風呂は(月)(木))


少し前はお風呂についてその段取りに右往左往し“苦痛”としていた(職員さんにはご勘弁)が、ようやく一通りの流れを確立出来てそこまで思わなくなった。良かった。


早く“普通”のタイプのお風呂に入りたいのだがこれはワタシの状態次第だ。


頑張らなくては。


◇◇◇


さて、今日は先生に付いてもらえるリハビリがあってとても楽しみなのだが(毎日書いている・・・)、昨日書こうとした腕のリハビリについての話。



今のワタシにして自分で歩かれない(→車イス)のは当面仕方ない(決して諦めない!)として、でも、もし両手を使えればもっと楽なのに・・・と思い続けて6年超だ。

(ダメダメなのは左手!)


これまで腕についてはちゃんとしたリハビリを受けたことがない。


ずっと時間がない、人がいない、腕は難しい、とされるまま言わば我流のリハビリに終始し、ほとんどホッタラカシだったと言えよう。

(勝手に一人でシコシコやっていただけ)


今たまたま環境が変わって腕についてリハビリの先生(マッサージ)に触れてもらえたことで少しヒント得た。

(元々誰かに「治してくれ」と言うつもりはない。でもヒントは欲しい)


そこでイメージした“道具”が欲しいと思い、また得意の某有名通信販売でそれらしきものを見つけて購入した。


購入したといってもただの少し特殊なボールなのだが、これがなかなかイメージ通りで、手に入れたすぐは嬉しくなってついついfacebookに写真と記事の投稿などしてしまった。


で、しばらくはこれで「色々改善出来そうだ」と期待していたが、昨日ワタシの腕の重大な欠点に気が付いた。


「こんな大事なこと、何で今まで誰も何も言って(気付かせて)くれなかったのだろう」と思わなくもなかったがこれは今言っても仕方ない。

既に過ぎた(終わった)ことだから。


気付けたのなら今の今から始めればいいのだ。

(そうするしかない。悔いても何も戻ってこない。)


自分で薄々気付いていてもそこに焦点を当てて問題視し、行動しなかったワタシも問題だ。


気付けたのなら・・・・・・以下同文。



それにしてもこんなこと、これまでの慣れきった環境の中にいたら何も思わず適当に通り過ぎていただろう。

実際通り過ぎていた。


何も特別なことではない。

こんな些細(?)なこと、前の環境にあっても十分出来たことだ。



では何故出来なかったか?



恐らく普段に慣れきってしまい、自分の中で「これでいい」か「仕方ない(シャーナイ)」で済ませていたからだろう。


最近とかく「変化すること」を求められる気がするが、

その真髄はこんなところにあるのかな?と少し思った。


何を思ったとしても、勇気を出して実際に行動し、少しでも成果を出すとこが肝要だろう。


一番求められるのはここだ。



あー、気付けて良かった。


と言ってまだ何も変化(改善)を起こせられていないのだからここから先はワタシ次第だ。


またまた大きな課題が見つかった。


今のワタシはこれを「嬉しい」と思う。


やれやれ、良いか悪いかそんな毎日です。
































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2020年9月 8日 (火)

過去は存在しない。改めて「今」を。

今日は09月08日火曜日。


当たり前だが日の進みは早い。

09月に入ることに驚いて既に1週間が過ぎた。

ウカウカしていれば10月もすぐだ。


結局昨日「床屋さんに行きたい」の話は結論が出なかった。

ワタシが住む施設の従業員は既に誰の判断を仰ぐことなく普通に散髪に行っているのにワタシはダメとされるのはどうしても合点がいかない。


別に挙げ足を取りたいのではない。

事の道理を追求するのだ。


と言って、この話はアイツがどうコイツがどうではなくて自分はどうか、ということになるのだから、ここで癇癪を起こして「オレも行かせろ!」と唸るのは少し違う気がしなくもない。


非常に歯がゆい。


こんな思いが回り回って(過剰な)ナントカ批判、

ひいてはナントカ差別のような論理になるのではないかと思えてくる。


とにかく、「自分さえ良ければいい」の連鎖とすべく己をしっかり持ちたい。

(「連鎖」でなければ意味ない!)



と、こんなこともありながら、

昨日は昨日朝の記事にもした通り、ワタシが住む施設でワタシのリハビリに関する相談をする機会があった。


2、3年前であれば「このまま行けば必ず直る(改善する)」と思っていたので今ほど苦しくはなく希望に満ち溢れていた。


ところが、ここ最近、特に昨年、「あれだけやってもダメだった」の思いがあまりにも強く、「今年は・・・」とかなり意気込んでいたのに今年は言わずもかなの状況。


もう、どう表現していいのか分からないほど悔しい、歯がゆい・・・他。


「筆舌に尽くし難い」とは正にこのことだろうが、もっと上を言いたい。


確かに、「まだ行ける」と思っていた2、3年前に今の気持ちでいればまた変わっていたかも知れない。


でもそれはもう過ぎた後(=今)になって(初めて)思うことなのだから考えるだけ無駄だ。

(数々の歴史的な事実が皆これと同じ)

(ex.「戦争」するなんてアホちゃうか、と「今」思うこと・・・等)


こんな(屁)理屈はいいとして、

では「今」「ワタシ」はどうするか・・・。


ここに集中するのだ。


早い遅いも「ない」とは言えない。


でももう「今(現在)」に来ているのだから「今ここ」を起点にするより他に道はない。


ある心理学(アドラー)では「過去は一切存在しない」と言い切る見方もある。


ものの考え方としてこれには全幅の支持をしたい。


・・・で、「どうするか?」だ。


全てはここに集約される。


今日も頑張ります。




【恐い第3波】


以上諸々を考え、全ての「阻害要因」を言うなら

何をどう考えるにも「新型コロナ」おいて他にない。


いや、「100%」とまでは言えない。

自分にも何か問題があったはずだ。


これを差し置いて全て「他のせい」にしていては何も解決しない。


何を言っても考えるべくは「今」だ。


最近はテレビ等での「本日の感染者」のニュースはよく分からない、と言うか、やっていても聞き流すようになってきているような自分に気付く。


ワタシとしては、自分の都合と合わせてかなり関心あったつもりでいたのにこれでは何か言わんやだ。

反省。


それにしても「第3波」が恐い。


僕の人生は・・・??








































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2020年9月 5日 (土)

「たった一日」のこと。~【歌とギター?/やり続けること】~

今日は09月05日土曜日。


毎朝起きる(目を覚ます)時間を決めているのだが、その時間の窓から振り込む日の明るさにかなり違いが出てきたので一瞬「あれ、時間を間違えた?」と思うようになってきた。


もう09月(秋)なのだから、08月(夏)のようなことはあるまい。


まだまだ暑いけどこれからどんどん冬に向かっていくのかと思うと何かと思うことは多い。


◇◇◇


しかし、昨日までの数日ワタシはかなり落ち込んだ日を過ごしていたのだが、昨日それらを一気に吹き飛ばすような嬉し楽しい出来事があり、それによって気の持ちようが明らかに変わって今とても穏やかな気分でいられるようになった。


苦しい苦しいと思うことも、実はそのほとんどが「思い過ごし」よるものということをほとほと実感することになった。


正に何かの本に書いてありそうなことそのままだった。

(ちょうどそんな本を読んだところだった)


それはいいとして、

そんな楽しいことがあればあるほど、思うように動かない自分の体がとても恨めしくなる。


少し楽しいことがあって、「さ、気を取り直して頑張るぞ」と思っても、ワタシの体の問題はその程度のことで解決するほど容易いことではない。


でも、頑張ろうとする上での一助にはなる。


頑張るだけで解決しないことはこれまで散々思い知らされている。


ただ、何か一つの行為でもそこにどんな意識を向けているかだけで効果の出方も違うと言われる。


昨日の出来事を契機にその辺の意識も変えられるようにしたい。


もちろん、これだけで「劇的に」変わることはなかろう。


リハビリデイサービスや、有償のリハビリ施設に通われるようになるまではこれで繋ぐしかない。


この辺に関する苦しさだけは何も変わらない。


でも、それに向かう気持ちを変えて、何とか乗り越えられるよう意識とやり方をよく考えて前向きに取り組みたい。


幅広い意味で昨日はとても良い一日だった。


「たった一日」でこうも気分が変わるものかと驚くところもあった。


現在困難を極めるリハビリに関することも「たった一日」で何か変わることがある「かも」知れない。


そんなことは分からなくても、何をするにも「やり続ける」ことが大事と言われる。


そのつもりで気を取り直して今日も頑張ろう。




【歌とギター?/やり続けること】


もう大昔のことになるが、ワタシはギターを弾きながら歌が歌いたいと思ってかなり練習したことがあった。


前にも一度書いたが、そうすると、

手を動かせば声が出ない、

声を出せば手が止まる・・・。


ワタシには無理だ!と諦めかけながらも続けて練習していたら正に「ある日」突然出来た。

(出来ていることに気付いた)


キダーを弾きながら歌うことくらい誰でもやっているのでそれほど大層なことではないと思うも、

たまたま出来るようになったワタシとして出来るに至っては、頭の中の違うところを同時に動かしているような感覚があったことは覚えている。

何かをしながら別のことを考えられる感じ、とでも言うか・・・。

何にしても思い返せばとても不思議な感覚だった。


あの感覚を今のリハビリに生かせないのか?


ワタシのリハビリに関しては脊髄(体を動かす神経そのもの)に関わることなので「歌とギターに同じ」とするほど容易でないことは火を見るより明らかだ。


でも、脳に「可塑性」なるものがあるならば、全く無縁ではないとワタシは信じたい。


何にしても「やり続け」なければ何も落ちてこないはずだ。


あ、時間だ。



・・・としたところで今日も元気に頑張ります。























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2020年8月26日 (水)

・・・~【久々に歌を?-5(完)】~

今日は08月26日水曜日。


昨日はほとんど「それ一色」だったので・・・、



【久々に歌を?-5(完)】


昨日は約束の13時から「ワタシが歌う」会が始まることになっていた。


「会」と言っても、普段食事をする共同スペースで歌うだけなのでとても恥ずかしかった。


時間になって、声をかけてくれた方が来られて席について「ハイ」とされてもどうすればいいのか分からずこれまたとても困惑した。


カラオケのような設備かある訳でなく、何もないところでいわゆる「ア・カペラのみ」だったので歌うには一番難しいと思った。


せめてギターでもあれば少しは形になるのだか、そうも行かず、結局スマートフォンで音楽をかけてそれに合わせて歌うだけの究極の簡易型になった。(そうせざるを得なかった)


◇◇◇


一応最初はサザンオールスターズで一番簡単とする『チャコの海岸物語』から始めて以降ナンダカンダで20曲(?)くらい歌うことになった。

(『チャコ』だけは何とかなった。??)


ま、歌うと言っても完全に声を出させ切れなかったので、AメロBメロ辺りまで何とか歌ってCメロ(サビ)以降は1オクターブ下げて鼻歌調にするか、一緒に聴くだけになった。



「こんなの」で本当に良かったのだろうか?



「歌」としては不完全と言わざるを得なかった。

でも楽しかった。


しかし、かつてはワタシなりに「(ソコソコ)完全」に歌えていたはずだから大いに〃差を感じた。


病に倒れ、これまでの間(6年)、カラオケ的なことなど一度もせずにいきなり「ブッツケ本番」のようなものだったからこれで限界だ。


・・・、


それにしても、2時間近くずっとこんな感じだったのだから、後から考えてみれば何だかとても不思議な感じがした。シアワセな時間でもあった。

(周囲は“我々”が何をしているのか分かられていない(と思われる)ご高齢の方々がパラパラ(失礼m(__)m))


ぐちゃぐちゃ書き出したらまとまらないのでこの辺でやめよう。

(既にまとまっていない)


◇◇◇


と、昨日はそんな一日だったので日々のリハビリも何もあったものではなかった。


たまのたまにはこんな「お遊び」も良い・・・としておこう。


お声をかけて頂いた方には感謝だ。


本当はもっと上手く出来たら良かったのに・・・。


ま、(ワタシは)「楽しい」と思えたのだから良いことにしておこう。

スミマセンm(__)m。

ありがとうございました。


◇◇◇


今日からはまた仕切り直しで毎日をキチンと過ごそう。


コレもアレも、アレもコレも、やるべきことは多い。


頑張るのはいいとして、それが出来るだけ無駄にならないようよく考えながら行くことだ。


何だかな。


今回は以上です。


今日も頑張ります。


p.s.一連のコラム(-1~-5)は中途半端でしたが「完」とします。

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2020年8月10日 (月)

今日も考えて負けずに頑張ろう。~【「冷や汗」の思い出(約30年前)】~

今日は08月10日月曜日。


月曜日と言っても世間は大型連休中だし、加えて今日は祝日だから雰囲気は休みモードだ。


一昨日はリハビリ(自主トレ)中に恐い思いをし、昨日はそれを踏まえて慎重に臨んだところ、一昨日ほどのことはなく安心した。


もちろんだから「それでいい」なんてことはなく、何か改善策を模索しなければならない。


一応「これかな?」と思えるリハビリメニューを考えたが、それが正しいかどうかは分からない。


こんなことをしていては改善までにいくら時間がかかるか分かったものではない。改善しないかも知れない。


ああ、適時適切な指導を受けたいものだ。


一体どうしたものだろうか?


今日も考えながら負けずに頑張ろう。





【「冷や汗」の思い出】


昨日「久々に恐怖で冷や汗が出た」なんてことを書いたが、過去にも同じようなこと(とても同じではない!)があるので少し。


・・・・・・、


ワタシは学生時代(約30年前)、4回生で夏の野球部(だった)を終えた後、卒業待ちまでの間「鳶職」のアルバイトをしていた。(1992/08~1993/03)


「鳶職」と言っても実際は「鳶の手元」と言われるもので、高い所にいる本職の職人さんに下(地上)から資材や道具を手渡す仕事だった。


と言ってもアルバイトのワタシでも高い所に上がることが日常的に多く、今思えばよくあんなことしていたな、と思える。

(頼まれていないのにワタシから積極的に上がっていた・・・)



当時の安全基準は今とは到底比較にならず、それはそれはとても緩いものだった。(今なら即出禁(出入り禁止)になりそうなレベル)



そんなこともありながらある日(期間終盤のある日)ワタシは当時建設中だった郊外の新設の大学の作業で、4mの単管(タンカン=足場を組むための金属のパイプ)3本を4階に持って上がる作業を仰せつかった。


建設中で足元が不安定な中、ワタシはワザワザ建物の外を囲う足場の間を抜けて上(4階)に上がろうとした。


「足場の間」なんて、普通に上がるだけでも慎重を要するところ、4mものパイプを3本も肩に担いでいるので危険極まりなく、親方に「やめとけ」と言われたのに「いや、行けますわ」としてワタシは強引に上ることにした。


慎重に慎重を期して何とか順調に上がっていき、「間もなく到着」というところで、3本のパイプが肩の上で踊ってしまい、それを支えきれなくなり足場の階段伝いに3本まとめて全部地面に落とした。

(本気でパイプを支えたら自分が落ちる)


正に「やめとけ」と親方に指摘されたのを無視した大失態だった。


たまたま側に誰もおらず、大きな音はしたはずなのに誰にも指摘をされず事なきを得たのだが、もし人に当たっていたら怪我だけでは済まされない大事になっていたかも知れない。


別のルートで改めて4階までパイプ3本を持ち運び、親方に笑顔で「ご苦労さん!」と言われた時「あ、分からなかったんだ」と胸を撫で下ろし、「実は・・・」等と余計なことは触れずに黙っておいた。


その時は卒業間近で就職先の内定をもらっていたし、もしそこで傷害事件(事故)など起こしていたら大変なことになっていたと思い、後から後から震えるほど恐くなった。


現場は郊外の山の上で建物の屋上、寒風吹きすさぶ中、ワタシはそれでも冷や汗が止めどなく出てきた。


親方は「こんなところで何で汗かくんや!?」と怪訝な顔をされたが理由は言えない。本当に知らないならワザワザ言うことはないとワタシは黙っておいた。


幸いその後も問題なし。単管(パイプ)なんて、4階から落としてもビクともしない。無傷。誰にも知られない。


・・・と、「冷や汗」についてワタシにはこんな思い出があるのです。


本当の「冷や汗」なんて、周囲の環境に関係なく「自分の中」からいくらでも出てくることを知ったワタシしか知らない思い出深い一件でした。


p.s.

もちろんその時の「教訓」は今でも生きています。

(「やめとけ」と人に言われたら素直にやめるか検討し直す・・・等々)










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2020年7月11日 (土)

「先ずやってみよう!」から。

今日は07月11日土曜日。


また土曜日・・・

それはいい。


しかし今日もまた雨か。

一体どれだけ降るのだ!?といったところだ。


雨(一般的に気圧が低い)だと体が重く固めになってしまうので困ってしまう。


でもワタシの検証では「“気圧の落差”が影響する」としているから、たとえ気圧が低めでもそれが長く続けばそれに順応し慣れるはず・・・。

・・・、確かにそんな感じがしなくもない。


これでスカッと晴れれば今度は逆にそれ(一般的に気圧が高くなる)によって体が重く固くなることが考えられる。


いずれにしても、気圧の高い低いの加減で体が影響するようでは宜しくない。

(多少・・・なら誰でもありそうだがワタシの場合は顕著)


気圧の程度などイチイチ気にせずその時々の状態で普通に過ごされるようになりたい。


◇◇◇


さて、今日は土曜日。


「リハビリ緩●急○」で言えば今日から3日○○○となるから張り切って行きたい。


そうだ、昨日書きかけた新たな構想(ただの延長)の件。


・・・、


現在日々取り組みの「日常の歩行器トレ」で、今は「ノルマ行程」片道約22m(前に 25mに少し届かないと計算した)を、「片道行き切って終わり」としているが、それを行く行くは「往復」にしたい。


今でもやって出来なくもないはずだが、現状片道でもギリギリなので、先ずは片道(1.0)+半分(0.5)、進展の具合によって往復(1.0+1.0=2.0)としたい。


ただ問題は、それをすることによって介助スタッフさんの拘束時間を長引かせることだ。


だから、1.5(片道+半)にしても2.0(往復)にしても、それが許されるクオリティが必要になる。

(歩行器で歩くのに“ギリギリ”でなく“よりサクサク”となるよう)


と言って、「出来たらやる」すなわちそれは「出来なければやらない」と同じだから、先ずやってみることを考えなければならない。


そこで今日は、片道歩き切ったところで復路を考慮し反転するところまでを先ず試してみたい。

(これも初めてだから難儀するはず)


やってみなければ課題も問題点見えない。


上手く反転が出来ればこれから目指す片道半(1.5)や往復(2.0)を視野に入れられるはずだ。


「ここで終わり」とするところを端から決めてしまえば、どうしても「そこまで行けば終わり」と考え、意識をそれに合わせてしまう。


それでは進展が見込めない。


だから今日は先ずその「手始め」(片道+反転)からだ。


頑張ってやってみよう。

出来るかな?

より出来なければならない!

(やらねばならない)


今から少し楽しみだ。


他にもあるけど今回はここで終わります。


さあ、今日はやるぞ!


としたところで今日も頑張ります。





















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