私の中の準名作(?)記事

2020年9月 8日 (火)

過去は存在しない。改めて「今」を。

今日は09月08日火曜日。


当たり前だが日の進みは早い。

09月に入ることに驚いて既に1週間が過ぎた。

ウカウカしていれば10月もすぐだ。


結局昨日「床屋さんに行きたい」の話は結論が出なかった。

ワタシが住む施設の従業員は既に誰の判断を仰ぐことなく普通に散髪に行っているのにワタシはダメとされるのはどうしても合点がいかない。


別に挙げ足を取りたいのではない。

事の道理を追求するのだ。


と言って、この話はアイツがどうコイツがどうではなくて自分はどうか、ということになるのだから、ここで癇癪を起こして「オレも行かせろ!」と唸るのは少し違う気がしなくもない。


非常に歯がゆい。


こんな思いが回り回って(過剰な)ナントカ批判、

ひいてはナントカ差別のような論理になるのではないかと思えてくる。


とにかく、「自分さえ良ければいい」の連鎖とすべく己をしっかり持ちたい。

(「連鎖」でなければ意味ない!)



と、こんなこともありながら、

昨日は昨日朝の記事にもした通り、ワタシが住む施設でワタシのリハビリに関する相談をする機会があった。


2、3年前であれば「このまま行けば必ず直る(改善する)」と思っていたので今ほど苦しくはなく希望に満ち溢れていた。


ところが、ここ最近、特に昨年、「あれだけやってもダメだった」の思いがあまりにも強く、「今年は・・・」とかなり意気込んでいたのに今年は言わずもかなの状況。


もう、どう表現していいのか分からないほど悔しい、歯がゆい・・・他。


「筆舌に尽くし難い」とは正にこのことだろうが、もっと上を言いたい。


確かに、「まだ行ける」と思っていた2、3年前に今の気持ちでいればまた変わっていたかも知れない。


でもそれはもう過ぎた後(=今)になって(初めて)思うことなのだから考えるだけ無駄だ。

(数々の歴史的な事実が皆これと同じ)

(ex.「戦争」するなんてアホちゃうか、と「今」思うこと・・・等)


こんな(屁)理屈はいいとして、

では「今」「ワタシ」はどうするか・・・。


ここに集中するのだ。


早い遅いも「ない」とは言えない。


でももう「今(現在)」に来ているのだから「今ここ」を起点にするより他に道はない。


ある心理学(アドラー)では「過去は一切存在しない」と言い切る見方もある。


ものの考え方としてこれには全幅の支持をしたい。


・・・で、「どうするか?」だ。


全てはここに集約される。


今日も頑張ります。




【恐い第3波】


以上諸々を考え、全ての「阻害要因」を言うなら

何をどう考えるにも「新型コロナ」おいて他にない。


いや、「100%」とまでは言えない。

自分にも何か問題があったはずだ。


これを差し置いて全て「他のせい」にしていては何も解決しない。


何を言っても考えるべくは「今」だ。


最近はテレビ等での「本日の感染者」のニュースはよく分からない、と言うか、やっていても聞き流すようになってきているような自分に気付く。


ワタシとしては、自分の都合と合わせてかなり関心あったつもりでいたのにこれでは何か言わんやだ。

反省。


それにしても「第3波」が恐い。


僕の人生は・・・??








































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2020年9月 5日 (土)

「たった一日」のこと。~【歌とギター?/やり続けること】~

今日は09月05日土曜日。


毎朝起きる(目を覚ます)時間を決めているのだが、その時間の窓から振り込む日の明るさにかなり違いが出てきたので一瞬「あれ、時間を間違えた?」と思うようになってきた。


もう09月(秋)なのだから、08月(夏)のようなことはあるまい。


まだまだ暑いけどこれからどんどん冬に向かっていくのかと思うと何かと思うことは多い。


◇◇◇


しかし、昨日までの数日ワタシはかなり落ち込んだ日を過ごしていたのだが、昨日それらを一気に吹き飛ばすような嬉し楽しい出来事があり、それによって気の持ちようが明らかに変わって今とても穏やかな気分でいられるようになった。


苦しい苦しいと思うことも、実はそのほとんどが「思い過ごし」よるものということをほとほと実感することになった。


正に何かの本に書いてありそうなことそのままだった。

(ちょうどそんな本を読んだところだった)


それはいいとして、

そんな楽しいことがあればあるほど、思うように動かない自分の体がとても恨めしくなる。


少し楽しいことがあって、「さ、気を取り直して頑張るぞ」と思っても、ワタシの体の問題はその程度のことで解決するほど容易いことではない。


でも、頑張ろうとする上での一助にはなる。


頑張るだけで解決しないことはこれまで散々思い知らされている。


ただ、何か一つの行為でもそこにどんな意識を向けているかだけで効果の出方も違うと言われる。


昨日の出来事を契機にその辺の意識も変えられるようにしたい。


もちろん、これだけで「劇的に」変わることはなかろう。


リハビリデイサービスや、有償のリハビリ施設に通われるようになるまではこれで繋ぐしかない。


この辺に関する苦しさだけは何も変わらない。


でも、それに向かう気持ちを変えて、何とか乗り越えられるよう意識とやり方をよく考えて前向きに取り組みたい。


幅広い意味で昨日はとても良い一日だった。


「たった一日」でこうも気分が変わるものかと驚くところもあった。


現在困難を極めるリハビリに関することも「たった一日」で何か変わることがある「かも」知れない。


そんなことは分からなくても、何をするにも「やり続ける」ことが大事と言われる。


そのつもりで気を取り直して今日も頑張ろう。




【歌とギター?/やり続けること】


もう大昔のことになるが、ワタシはギターを弾きながら歌が歌いたいと思ってかなり練習したことがあった。


前にも一度書いたが、そうすると、

手を動かせば声が出ない、

声を出せば手が止まる・・・。


ワタシには無理だ!と諦めかけながらも続けて練習していたら正に「ある日」突然出来た。

(出来ていることに気付いた)


キダーを弾きながら歌うことくらい誰でもやっているのでそれほど大層なことではないと思うも、

たまたま出来るようになったワタシとして出来るに至っては、頭の中の違うところを同時に動かしているような感覚があったことは覚えている。

何かをしながら別のことを考えられる感じ、とでも言うか・・・。

何にしても思い返せばとても不思議な感覚だった。


あの感覚を今のリハビリに生かせないのか?


ワタシのリハビリに関しては脊髄(体を動かす神経そのもの)に関わることなので「歌とギターに同じ」とするほど容易でないことは火を見るより明らかだ。


でも、脳に「可塑性」なるものがあるならば、全く無縁ではないとワタシは信じたい。


何にしても「やり続け」なければ何も落ちてこないはずだ。


あ、時間だ。



・・・としたところで今日も元気に頑張ります。























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2020年8月26日 (水)

・・・~【久々に歌を?-5(完)】~

今日は08月26日水曜日。


昨日はほとんど「それ一色」だったので・・・、



【久々に歌を?-5(完)】


昨日は約束の13時から「ワタシが歌う」会が始まることになっていた。


「会」と言っても、普段食事をする共同スペースで歌うだけなのでとても恥ずかしかった。


時間になって、声をかけてくれた方が来られて席について「ハイ」とされてもどうすればいいのか分からずこれまたとても困惑した。


カラオケのような設備かある訳でなく、何もないところでいわゆる「ア・カペラのみ」だったので歌うには一番難しいと思った。


せめてギターでもあれば少しは形になるのだか、そうも行かず、結局スマートフォンで音楽をかけてそれに合わせて歌うだけの究極の簡易型になった。(そうせざるを得なかった)


◇◇◇


一応最初はサザンオールスターズで一番簡単とする『チャコの海岸物語』から始めて以降ナンダカンダで20曲(?)くらい歌うことになった。

(『チャコ』だけは何とかなった。??)


ま、歌うと言っても完全に声を出させ切れなかったので、AメロBメロ辺りまで何とか歌ってCメロ(サビ)以降は1オクターブ下げて鼻歌調にするか、一緒に聴くだけになった。



「こんなの」で本当に良かったのだろうか?



「歌」としては不完全と言わざるを得なかった。

でも楽しかった。


しかし、かつてはワタシなりに「(ソコソコ)完全」に歌えていたはずだから大いに〃差を感じた。


病に倒れ、これまでの間(6年)、カラオケ的なことなど一度もせずにいきなり「ブッツケ本番」のようなものだったからこれで限界だ。


・・・、


それにしても、2時間近くずっとこんな感じだったのだから、後から考えてみれば何だかとても不思議な感じがした。シアワセな時間でもあった。

(周囲は“我々”が何をしているのか分かられていない(と思われる)ご高齢の方々がパラパラ(失礼m(__)m))


ぐちゃぐちゃ書き出したらまとまらないのでこの辺でやめよう。

(既にまとまっていない)


◇◇◇


と、昨日はそんな一日だったので日々のリハビリも何もあったものではなかった。


たまのたまにはこんな「お遊び」も良い・・・としておこう。


お声をかけて頂いた方には感謝だ。


本当はもっと上手く出来たら良かったのに・・・。


ま、(ワタシは)「楽しい」と思えたのだから良いことにしておこう。

スミマセンm(__)m。

ありがとうございました。


◇◇◇


今日からはまた仕切り直しで毎日をキチンと過ごそう。


コレもアレも、アレもコレも、やるべきことは多い。


頑張るのはいいとして、それが出来るだけ無駄にならないようよく考えながら行くことだ。


何だかな。


今回は以上です。


今日も頑張ります。


p.s.一連のコラム(-1~-5)は中途半端でしたが「完」とします。

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2020年8月10日 (月)

今日も考えて負けずに頑張ろう。~【「冷や汗」の思い出(約30年前)】~

今日は08月10日月曜日。


月曜日と言っても世間は大型連休中だし、加えて今日は祝日だから雰囲気は休みモードだ。


一昨日はリハビリ(自主トレ)中に恐い思いをし、昨日はそれを踏まえて慎重に臨んだところ、一昨日ほどのことはなく安心した。


もちろんだから「それでいい」なんてことはなく、何か改善策を模索しなければならない。


一応「これかな?」と思えるリハビリメニューを考えたが、それが正しいかどうかは分からない。


こんなことをしていては改善までにいくら時間がかかるか分かったものではない。改善しないかも知れない。


ああ、適時適切な指導を受けたいものだ。


一体どうしたものだろうか?


今日も考えながら負けずに頑張ろう。





【「冷や汗」の思い出】


昨日「久々に恐怖で冷や汗が出た」なんてことを書いたが、過去にも同じようなこと(とても同じではない!)があるので少し。


・・・・・・、


ワタシは学生時代(約30年前)、4回生で夏の野球部(だった)を終えた後、卒業待ちまでの間「鳶職」のアルバイトをしていた。(1992/08~1993/03)


「鳶職」と言っても実際は「鳶の手元」と言われるもので、高い所にいる本職の職人さんに下(地上)から資材や道具を手渡す仕事だった。


と言ってもアルバイトのワタシでも高い所に上がることが日常的に多く、今思えばよくあんなことしていたな、と思える。

(頼まれていないのにワタシから積極的に上がっていた・・・)



当時の安全基準は今とは到底比較にならず、それはそれはとても緩いものだった。(今なら即出禁(出入り禁止)になりそうなレベル)



そんなこともありながらある日(期間終盤のある日)ワタシは当時建設中だった郊外の新設の大学の作業で、4mの単管(タンカン=足場を組むための金属のパイプ)3本を4階に持って上がる作業を仰せつかった。


建設中で足元が不安定な中、ワタシはワザワザ建物の外を囲う足場の間を抜けて上(4階)に上がろうとした。


「足場の間」なんて、普通に上がるだけでも慎重を要するところ、4mものパイプを3本も肩に担いでいるので危険極まりなく、親方に「やめとけ」と言われたのに「いや、行けますわ」としてワタシは強引に上ることにした。


慎重に慎重を期して何とか順調に上がっていき、「間もなく到着」というところで、3本のパイプが肩の上で踊ってしまい、それを支えきれなくなり足場の階段伝いに3本まとめて全部地面に落とした。

(本気でパイプを支えたら自分が落ちる)


正に「やめとけ」と親方に指摘されたのを無視した大失態だった。


たまたま側に誰もおらず、大きな音はしたはずなのに誰にも指摘をされず事なきを得たのだが、もし人に当たっていたら怪我だけでは済まされない大事になっていたかも知れない。


別のルートで改めて4階までパイプ3本を持ち運び、親方に笑顔で「ご苦労さん!」と言われた時「あ、分からなかったんだ」と胸を撫で下ろし、「実は・・・」等と余計なことは触れずに黙っておいた。


その時は卒業間近で就職先の内定をもらっていたし、もしそこで傷害事件(事故)など起こしていたら大変なことになっていたと思い、後から後から震えるほど恐くなった。


現場は郊外の山の上で建物の屋上、寒風吹きすさぶ中、ワタシはそれでも冷や汗が止めどなく出てきた。


親方は「こんなところで何で汗かくんや!?」と怪訝な顔をされたが理由は言えない。本当に知らないならワザワザ言うことはないとワタシは黙っておいた。


幸いその後も問題なし。単管(パイプ)なんて、4階から落としてもビクともしない。無傷。誰にも知られない。


・・・と、「冷や汗」についてワタシにはこんな思い出があるのです。


本当の「冷や汗」なんて、周囲の環境に関係なく「自分の中」からいくらでも出てくることを知ったワタシしか知らない思い出深い一件でした。


p.s.

もちろんその時の「教訓」は今でも生きています。

(「やめとけ」と人に言われたら素直にやめるか検討し直す・・・等々)










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2020年7月11日 (土)

「先ずやってみよう!」から。

今日は07月11日土曜日。


また土曜日・・・

それはいい。


しかし今日もまた雨か。

一体どれだけ降るのだ!?といったところだ。


雨(一般的に気圧が低い)だと体が重く固めになってしまうので困ってしまう。


でもワタシの検証では「“気圧の落差”が影響する」としているから、たとえ気圧が低めでもそれが長く続けばそれに順応し慣れるはず・・・。

・・・、確かにそんな感じがしなくもない。


これでスカッと晴れれば今度は逆にそれ(一般的に気圧が高くなる)によって体が重く固くなることが考えられる。


いずれにしても、気圧の高い低いの加減で体が影響するようでは宜しくない。

(多少・・・なら誰でもありそうだがワタシの場合は顕著)


気圧の程度などイチイチ気にせずその時々の状態で普通に過ごされるようになりたい。


◇◇◇


さて、今日は土曜日。


「リハビリ緩●急○」で言えば今日から3日○○○となるから張り切って行きたい。


そうだ、昨日書きかけた新たな構想(ただの延長)の件。


・・・、


現在日々取り組みの「日常の歩行器トレ」で、今は「ノルマ行程」片道約22m(前に 25mに少し届かないと計算した)を、「片道行き切って終わり」としているが、それを行く行くは「往復」にしたい。


今でもやって出来なくもないはずだが、現状片道でもギリギリなので、先ずは片道(1.0)+半分(0.5)、進展の具合によって往復(1.0+1.0=2.0)としたい。


ただ問題は、それをすることによって介助スタッフさんの拘束時間を長引かせることだ。


だから、1.5(片道+半)にしても2.0(往復)にしても、それが許されるクオリティが必要になる。

(歩行器で歩くのに“ギリギリ”でなく“よりサクサク”となるよう)


と言って、「出来たらやる」すなわちそれは「出来なければやらない」と同じだから、先ずやってみることを考えなければならない。


そこで今日は、片道歩き切ったところで復路を考慮し反転するところまでを先ず試してみたい。

(これも初めてだから難儀するはず)


やってみなければ課題も問題点見えない。


上手く反転が出来ればこれから目指す片道半(1.5)や往復(2.0)を視野に入れられるはずだ。


「ここで終わり」とするところを端から決めてしまえば、どうしても「そこまで行けば終わり」と考え、意識をそれに合わせてしまう。


それでは進展が見込めない。


だから今日は先ずその「手始め」(片道+反転)からだ。


頑張ってやってみよう。

出来るかな?

より出来なければならない!

(やらねばならない)


今から少し楽しみだ。


他にもあるけど今回はここで終わります。


さあ、今日はやるぞ!


としたところで今日も頑張ります。





















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2020年2月 3日 (月)

「まだ」vs「もう」・・・。疲れようが疲れまいがワタシにとっての今年は“そういう”年。

今日は02月03日月曜日。


02月02月と言いながら「もう」3日だ。


そう言えば昨日は02月02日だったから、西暦で言うと“20200202”になったけどどこにも(例えばテレビ)言われず周囲で言う人もいなかった。


そんなもんか。

詰まらない話だ。


そんなことより、ワタシとしては1日1日(体の)各所に神経を張り巡らせ且つ集中して過ごしたい。

疲れる・・・・・・でも今年はそういう年だ。


大して回復も出来ず日々悶々としている方がよほど疲れる。

頑張ろう。

・・・・・・、

それはいいとして、今日は(月)だから午前は施設のリハビリだ。


そこでは色々聞きたいこと+確認したいことがいくつもある。

心して臨もう。


いつも楽しみにしているこの施設のリハビリったって、

今月は4回しかないのだから毎回がとても大事だ。


その4回が済めば次は03月だ。

必然的に都度がとても貴重になる。

更に心して臨もう。

・・・・・・、

そうだ、昨年は「誤嚥性の肺炎」で不覚にも3回も入院してしまった(>_<)。

1回につき2週間の留守(入院)があって、退院後そのブランクが残ってしまうことも加味すると、


(入院14日×3)+(ブランク14日(と仮定)×3)で、計84日。


ざっと2ヶ月半~3ヶ月程度は“なかった”ようなものと言える。

(全く“なかった”訳ではないが、継続的なトレーニングの阻害(一部後退)にはなった。)


とすると、昨年は「1年-(2.5~3ヶ月)」となるから、

1年1年と言いながら実際は09月辺りで1年を終えたようなものになっていたことになる。


こればかりは“仕方なかった”としても昨年はそういう年だったのだ。


今年は1年を余すことなく存分に使いきりたいと考えているから、

各種トレーニングに精を出すのはいいとして、

片や体調の管理等々にもそれと同じかそれ以上の注意が必要ということだ。


今はたまたま体の調子がいい感じだから、つい“もっともっともっと!”となりがちだが、この辺をよく心得て、片や時に自制することも考慮しながら過ごさねばならない。


難しい1年になるな。


ってまだ02月頭。


違う。

「まだ」と考えるのは甘い。

捉え方の問題としても反面では「もう」なのだ。


変な話。疲れるな。


違う違う。

疲れる/疲れない、は冒頭で触れた通り。



そう、ワタシにとって「今年」はそういう年。


今日も頑張ろう。














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2020年1月 7日 (火)

今は1年前の“1年後”、これ如何に!?

今日は01月07日火曜日。


昨日は今年初めての施設のリハビリがあった。

そこで今考えるリハビリについていくつか相談した。


今やっていることに間違いがあるとは思わなくても、今のペースであれば、本当に叶えたいことを叶えるには何十年もかかりそうで不安でならないのだ。


「焦ってはいかん」とはよく言われるけど、それも状態によると思う。


頑張っている(と思っている/と思われている)ことだけに満足して(満足なんかしていない!)、“焦らず”このままじっくり同じことを延々と続けても、恐らくまた来年の今頃――今がそうであるように――「(少しは良くなっても)さほど大きく変わらんなあ」で終わってしまいそうで恐い。


そんなところから、昨日のリハビリで、いつものセラピスト先生よりいい紹介(現状ただの“情報”レベル)を受けた。


昨年1年に意味がなかったとは思わない。


でも、更にこのまま「また1年」ではさほど大きくは変わるまい。


この辺今とても悩んでいる。


カラカラと“今まで通り”にいきたくても、今はそう出来ない心境だ。


と言って、明日にでも何とかなるという話ではない。


この辺についてはそれこそ“焦らず”じっくり詰めていきたい。


今やっていることを頭から否定するものではない。


それはそれでしっかり取り組まねばならない。


でもでも、あれだけノリノリだった1年前の1年後が今だと思うと何も感じない訳にはいかない。


そういう意味で今とても苦しい。


よく考えたい。


・・・という状況です。

(ワタシの中で)


















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2019年12月 5日 (木)

目指せ“臨界”、“火星”に行こう!?~(追伸)【恐い世の中】~

今日は12月05日木曜日、CD27。


こんな詰まらないものでも、毎日書いていると日に日に日が進むことが実感として分かる気がする。


そういう意味ではこれも一応は目的に叶っている。

(だからと焦ってはいけない)


とにかく日々僅か〃のことでいいから何か0でないものを求めながら前向きに取り組むことだ。


今日も頑張ろう。



で、今日は(木)で一日決まった予定もなく終日フリーだから各種しっかり取り組みたい。


こんな日々リハビリが何だかんだと書いたところで何も変わらないが、

昨日、前に「1点気になる傾向」としたことについて、改善に向けて多少の糸口を見つけた(と思う)。


でも、こんなの、

ここから“火星”辺りまで行かねばならないのに、ここ(名古屋)から東京まで行って“進んだ、進んだ”と喜んでいるようなレベルのものだろうけど、今はこれでいいのだ。


こうしているうちにどこかで“臨界点”を見つけ、グッと進むかも知れない。


“火星”は例えとして極端だが、それほど“果しない”と言いたいだけのものだ。


※火星なら人類として到達することも不可能(=0)ではない。


何にしても昨日は「ん!?ん!?」と思える良い感じがあり、

こうして「少しずつでも前に進むのかな?」と夢を描けそうな良い感触があった。


でも目指すのは“火星”だ。(例え)


今日も僅か〃でいいから少しでも近づこう。


と言うことで

今日も頑張ります。




(追伸)


【恐い世の中(昨日触れた“破廉恥な事件”について)】


あまり多くは書けないが、

言うなれば、今のワタシの身の上において、教育現場で言うところの“モンスターペアレント”にその学校の生徒(ワタシ)が恫喝され侮辱されたという、とても常識では考えられない、ワタシにしてみれば十分“事件”だ。


で、その学校は、“親御さんだから”と遠慮しながら対処しているような状態だ。


それも如何なものかと正味シンジラレナイが、ワタシに危害さえなければ取りあえずはいい。もちろんリハビリを邪魔されても困る。そうなったら許さない。でも相手は狂人(*_*)。“学校”の良識を信じるしかない。


その“モンスターペアレント”には、相手が“正常”なら「謝れ!」と言いたいところだが相手は“モンスター(非正常=狂人)”だからそれは無理だ。


謝ってくれなくていい。

何よりも関わりたくない。

気持ちが悪い。


と、こんな一件でかなり心を乱された。

でもこんな馬鹿げたことで乱されてはワタシが損する。


昨今はお年寄りによる車の運転のことが何かと社会問題になっているが、

これからは各種の介護現場でも様々問題が起きると思う。

(既に十分起きている?→ワタシの身では起きている!)


恐い世の中です!






















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2019年11月28日 (木)

逃げちゃいけない!~己の課題(責任)は己で食らおう~

今日は11月28日木曜日、CD34。


暦の割にはそれほど寒くない・・・のかな?


昨日は朝からリハビリデイサービスで外出したが、お気に入りの「ヤンキースのジャンパー→※が要る!」と思えるほど寒くはなかった。


※1_これはかなり暖かい。

真冬でもジャンパーの中は“Tシャツ1枚”で過ごせなくもない。(少し言い過ぎ!?~でもそれくらい)


2_買ったのは、僕が大好きな松井秀喜がヤンキースで活躍していた2003年かそこいらで(15年超!)、毎年かなり着込んでいると思うのに不思議なほど古びていない。

(これも少し言い過ぎ!?~でもそれくらい)


3_自慢ではないが、今ではかなり貴重(?)なMLB公式の“逸品”!(着ずに大事に保管しておきたいくらい!?~それもオカシイ(*_*))


イキナリだけど閑話休題~~


昨日はリハビリデイサービスに出掛けても、左足装具をメーカーに預けていたので歩行訓練は出来なかった。

(装具がなければ全く歩かれない→行く行く大きな問題になるはず!→でも今はいい)


歩行訓練の出来ないリハビリデイサービスの如何にモノ足らないことか。


でもいい。

次回(土)からは普通に復帰できる。

楽しみにしておこう。


楽しみにしておこうって、

預けた装具は予定が早まり昨日の午後には戻って来た。(何と有り難い!)


お陰で昨日の午後には「日常の歩行器トレ」が出来たし、夕飯前には「リハビリ自主トレ」も出来た。


装具に有効な処置が施されているので、「装具を装着して足が痛い」の悩みはなくなった。


が、しかし、痛くなければいい、ではなく、そもそもの問題はワタシの“足の変形(片麻痺による影響)”にあるので、そこに対する対策こそしっかりしたい。


――これは先日メーカーさんと施設のリハビリの先生とで打ち合わせをした(月)から始めている。

→一朝一夕で何とかなるものでないことは承知している。→“根気&根気”だ。頑張ろう。――


元を正せば、「装具を装着して足が痛い」から始まったこのところ一連の憂鬱だった。(上記の通り“問題の根幹”は我に有り)


足が痛んで思いきって各種リハビリが出来なかったからだ。――“痛い”のは“足そのもの”ではなく言わば“外的要因”――



色々な理由を付けてムニャムニャ“悩む(≒ごねる)”のはある意味楽だ。


責任や課題を他に転嫁出来る錯覚に陥られるから?

(そのままでは絶対良くない!)

(こんなの本末転倒も甚だしい!)


でも、取りあえずの悩みが取り除かれたこれからは、

今一度気を引き締め直してしっかり取り組まなければならない。


ワタシに必要な課題をどこにも転嫁せず己でまともに食らおう。


→「責任の転嫁」だなんて、都合のいい、進展性のないただの「逃げ」!


ワタシにはどうしても叶えたいことがある。

逃げちゃいけない。


この辺を確と心得て

今日からまた頑張ろう!








































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2019年10月12日 (土)

続・「根性論者」の悲しみ~適切な指示を仰いで“今”やるべきことに全力を注ごう~

今日は10月12日で土曜日そしてCD81。


土曜日だからリハビリデイサービス2、と勇みたいところだが今日は台風の影響で休みだ。


昨日の昼に連絡があった。

残念だがこればかりは仕方ない。


で、その分ゆっくり・・・ではない。

たとえリハビリデイサービスがなくてもここで出来ることはキチッとしたい。

日々のリハビリとはそんなもんだ。



としたところで、昨日触れた「“根性論者”の悲しみ」のこと・・・。


右だけでも足の装具を外せないかと、「年内」を目標としてそれなりに思いを込めて取り組んで来ただけにショックはショックだ。

――かなり“桁外れ”な目標であったよう・・・今更ながら・・・(>_<)――


でも、現状の方向性そのものに誤りがあったとなれば

そこは(得意の?)努力や根性ではカバー出来まい。

そんなに簡単なことではなかったのだ。


リハビリの先生とよく相談して練り直しだ。


不思議なもので、こうなればこうなったで変な“迷い”がなくなり、本来すべきことに集中出来る安心感(?)を感じたりもする。


と言うのも、これまで、“天然足”に取り組むことで本来優先すべきトレーニングが手薄になることをずっと心配していたのだ。



もちろんこれで“天然足達成”に向ける旗を下ろすことは決してない。


要は信頼するセラピスト先生からも仰られていた通り

「時期尚早」だった訳だ。


確かに、このところ“天然足”の取り組みについて

「何か違うなあ」

と薄々感じ始めていた。


いつものワタシなら、それでも“根性”で頑張り通すところだった。


取り返しが付かなくなる前に分かって良かった。

(どこかで「これ以上無理だ・・・」となっていた可能性が大だが)


ま、「残念」には違いないがこれも良かったと言わざるを得ないか。


それだけ目指すところがとても難しいということだ。

よく分かった。


昨日の装具のメーカーの担当者さんには、一昨日のお騒がせのお詫びをした。(メールで)


すると、

「色々な思いもあるかと思いますが、リハビリの先生がいらっしゃるのだから、決してご自分だけで判断なさらないように」とフォローされた。


それに「焦らずに頑張って下さい」とも。


リハビリの先生(いつものセラピスト先生)を軽んじていたのではない。

一人で勝手に“焦って”いたのだ。


今回の経緯をセラピスト先生に話すのは少々心苦しい。


でも、こんなことをイチイチガタガタ言われる方ではないので、ちゃんと正直に話し、共に正しくベクトルを合わせて適切な指示を仰ぎながら改めて頑張り直したい。


今回の一件、結論とするならこんなところか。


・・・・・・、


それにしても明日にも来ようかとなる台風が心配だ。


ワタシは外に出ないので“何かが飛んで来る”といった心配はないが、仮に「停電」でも起きたら大変だ。


今のワタシ、停電が起きたら生活が出来ない。


「電動ベッド」を動かせなかったら何も出来ないのだ。

大問題だ。

何とか穏便に済んで欲しい。


それでも、(日)は順当に晴れそうな情勢だからそれは良かった。

通常の雨/晴れと違って、“台風”となれば予報は正確なようだ。(そりゃそうか)


ま、何にしても

今一度落ち着きを取り戻して、“今”すべきことに全力を注げる状態にしよう。


そういうことだ。


と言うことで

今日も頑張ります。


























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