"superinspire"と私

2019年8月25日 (日)

★【"superinspire"と私-13】 最終回~最近見た夢~

【"superinspire"と私】-13


最終回


~最近見た夢~



ここで言う夢とは、そういう"夢"ではなく、


普通に寝ている最中に見る夢のこと。



"superinspire"と悲しいお別れの後、仕事で東広島に異動及び転居をした。



そこでは、体の具合いのこともあり、こだわりのマニュアルの車を諦め、初めてのオートマチック車、そして我が2代(台)目として


ホンダ、"アコード24S"に乗っていた。



これはこれでとても好きだった。



が、今回書きたいことはそういうことではない。



・・・・・・・・・・・・



東広島に移って7年目の春、延髄梗塞(脳梗塞みたいな感じ)を起こし体を大いに患い、会社も辞め、体回復のために地元名古屋に戻った。



名古屋では、リハビリ病院を経由して、現在、自宅ではなく在宅型の有料施設で満足な体機能回復を目指すべく日々熱心にリハビリに励んでいる。


※生活が"自立"でないため自宅は困難。



こんな体のため車の運転など出来る訳がなく、


免許の更新も出来ないまま4年が過ぎた。


・・・・・・


そんなある日、寝ている最中の夢で僕の"superinspire"が登場してきた。



疾うの昔に廃車にし、明らかに現存していないのに


何故か僕が運転している。



「明らかに車検が切れているのに運転していいのかな?」



と心配しながら、事故を起こさず警察に捕まりさえしなければ問題ないか、とヒヤヒヤしながらでも普通に運転しているのだ。



こんな夢は数ヵ月に1回程度(くらい?)の頻度で数回見た。


それも皆同じシチュエーションで。



もう"彼"(="superinspire")のことは考えていない――それどころではない――のに、何故こんな夢を見るのだろうと不思議だった。



またまたそんなこんなしていたある日、また夢に"彼"が出てきた。



運転のシチュエーションはこれまでに同じだった。



ところが、その時は運転している最中、


プスプスプスプス・・・・・・・・・・・・プスン。


苦なく途絶えるように停止した。  



そこで眠りから目が覚めたのだが、


その後"彼"の夢は見なくなった。


不思議なほど見ないのだ。



あそこで"成仏"したのだろう・・・・・・か? 



どんな経緯かは分からない。


その前後、"彼"に関わる出来事は何もなかった――それどころではない――のに何故そんな夢を?と思った。




今回ブログに乗じてこんな記事を書いてしまったから、また出てくるかと思いきや、それでも出てこない。


でもこれでいいのだ。


・・・・・・・・・・・・


たまたまの縁で書き出した今回一連の記事。


ここまで書ければもう十分だ。


僕は楽しかった。



彼(="superinspire")はきっと天国で美しく疾走していることだろう。


僕は必ず体を治してまた車を運転したい。



僕が治る頃には"自動運転"が優勢なのだろうか・・・。


そこまでは行くまいか。


どちらにしても僕は必ず体を治して車を「自分で」運転する。



"superinspire"の魂は忘れない。


僕が再び車を運転する頃、天国から僕を見守ってくれていたら嬉しい。



頑張ります!



                   ――完――



【"superinspire"と私】


はこれでおしまいです。


長き(01~13)に渡りどうもありがとうございましたm(__)m


| | コメント (0)

★【"superinspire"と私-12】 ~2008年の出来事 <下> ~

【"superinspire"と私】-12


~2008年の出来事  <下>  ~



外勤営業から内勤業務に代わるのは本当にショックだった。


時の上司にそう告げられ、ところ構わず涙が出てきた。


それくらい外勤営業が大好きだった。


車ならプライベートで乗っていたが、会社的にはどうしても厳禁で、内勤への"転職"は確定してしまったのだ。



そこで、当時の職場、職務事情で、名古屋以外で僕に適当な内勤職の受け入れ可能な先を探してもらうことになった。


そして、それは恐らく広島(東広島)になるだろうと端から"薄々"言われていた。



広島なんて、僕には、"毛利元就が猛烈に好き"なだけで、他に縁もゆかりもなかったので不安で仕方なかった。(勤務歴は15年で名古屋と三重だけ)


そうこうしながら、正式に広島(東広島)への辞令が下りた。


そしてその辞令を受けた直後のことだ。



・・・・・・!?


先の本田技研~の◎◎様から、


🖤「申し訳ありません!世界中隈無く探しましたがどうしても見つけられませんでした。お許し下さい!」


と電話があったのだ。



電話を受けた際、事務所の物置部屋奥に走って行き、そこで話をした時の記憶と映像はまだ頭の中にある。



何たる因縁だろうか。



こんなタイミングで"superinspire"の廃車が確定するなんて!



ややこしい病を抱えたと思われた不安、


外勤営業を離れるショックと悲しみ、


初めての内勤業務に異動する不安、


(自分として)未開の地――東広島――に異動する不安、


・・・・・・、


これら人生の一大事と時同じくして


"superinspire"の廃車確定!



全てが仕組まれた「宿命」のようにも思えた。



しかし、新車から16年、走行距離も185,000km超。


そもそも、とどめを刺したのは他でもない僕だ。


これだけ愛し四六時中苦楽を共にした"superinspire"。


形ある事物には必ず終わりがあるとするなら、これも本望とせざるを得なかったのかも知れない。


"superinspire"を見つけた瞬間感じた「運命は外れではなかったのだ。



新しい土地に移るに当たって、三重県でお世話になり慣れ親しんだ各所に挨拶をして回った・・・。


スポーツクラブ、眼科、メガネ屋、クリーニング屋、美容院、


そして最後に懇意にしていたHONDAディーラー。


そこには"superinspire"を安置頂いていた。



「廃車確定」の報は既に先方にも届いており、


お互い何とも言えない面持ちで挨拶を交わし、


日が暮れた中で、最後にもう二度と動かない"superinspire"に乗り込み写した最後の記念撮影は正に「号泣と共に」だった。



その写真を見ると今でも自然と涙が出てくる。



その後、"superinspire"を残して一人で名古屋に戻った。



"彼"を残して帰ること自体が信じられなかった。



駅のホームでも、一人になれば涙が出て来て押さえられなかった。



しかし!いつまでもそうしてはいられない。


新しい土地もあれば新しい仕事もある。


僕は悲しみと共に涙を振り切り前を見た。



・・・・・・続く(最終回へ)


| | コメント (0)

★【"superinspire"と私-11】 ~2008年の出来事 <上> ~

【"superinspire"と私】-11


~2008年の出来事  <上>  ~



2008年春、僕は当時慣れ親しんだ三重県から名古屋市へ仕事で異動した。


住居も車("superinspire")も転居だ。


それから半年が過ぎた頃、思えば"今"の発端とも言える神経系の炎症を発症した。


治療に2週間程の入院を余儀なくされたが、退院後は今に同じく左半身に、生活に支障ない程度の麻痺が残った。


(今は思いっ切り支障ある!)



そこで、"superinspire"をドライブするに当たって、左足のクラッチの切りが甘いままギアを変えてしまい、時々ミッションから変な音をさせていた。



「気を付けないとイカンな」と思っていたある日、私用で出掛けようと"superinspire"を走らせた矢先、シフトレバーをどこに入れても嫌な音がするだけで車が全く前に進まなくなってしまった。



「"ミッション"をやってしまった!」



と直感した。


元々磨耗して弱っているところに、中途半端な操作で僕がとどめを刺したのだ。


名古屋に転居しても、"superinspire"はそれまで懇意にしていた三重県のHONDAディーラーと連絡を取り合い、"superinspire"もそこに預けた。



患部と思われる箇所をバラしてもらい、精査願うと、ミッションに関わるシャフト1本が破損しているために直せないことが判明した。



また、このシャフトがかなり希少で、HONDAディーラーでも同部品の手配が付かず、同部品を使う車がほとんど生きていないことも判明した。



ディーラーでは、「シャフト1本くらいなら、板金屋に作らせて作れないことはないが、それをすると"改造"になるから車検は通せない」と言い渡された。



つまり、その「シャフト1本」がなければ廃車確定だ。



そうなると、最上流、本体メーカーに直接「自ら」問い合わすしかない!と考えた。



とは言え、こんな話、どこに問い合わせて良いのか分からないので、HONDAのホームページの適当なところに事情をダーッと書き込んだ。



すると、翌日――それも日曜日の朝――、HONDAの青山本社から電話があった。



◆「はい、○○(ワタシ)です。」


🖤「こちら本田技研~の◎◎と申します。」


◆「!?!?!?」


🖤「ホームページに書いて頂いたことを拝見し、ご事情は承知致しました。現地(三重県のHONDAディーラー)とも連絡を取り合い、"世界中"探しますので少々お時間を頂けますでしょうか?」


◆「☆£¢※¥★§!m(__)mm(__)m!!」


🖤「では◎◎が責任を持ってご連絡申し上げますので宜しくお願い致します。」



忘れもしない。本体メーカー(HONDA)様とこんなやり取りがあったのだ。



問題はもう一つあった。



それは、先の僕の病気の発症が職場(ワタシも)として重大で、それまでの"外勤営業"から、「社用車運転禁」として"内勤業務"に代わることが内定したことだっだ。



・・・・・・続く


| | コメント (0)

★【"superinspire"と私-10】 ~各話-まとめ版①~⑤~

【"superinspire"と私】-10


~各話-まとめ版①~⑤~



①【京都、正月、故障の話】


~人馬一体感!?~


いつだったか全然覚えていないが("ザウルス"には記録有り)、ある年の正月、当時住んでいた三重県から学生時代の京都市へ車(="superinspire")で遊びに行ったことがある。(数名で現地集合)


現地では、僕の車を足にして行動する予定にしていたところ、京都市へ到着して一晩寝たら翌朝、ギアが入らず車が全く動かせなくなった。クラッチのオイルが全て抜け落ちていたようだ。


友達らからは「おい!正月やぞ!どないすんねん!」と怒号を浴びるも、修理するより他にない。


任意で入っていた"おクルマ救急隊"に連絡し応援を要請するも、時は正月の02日。なかなか来る訳がない。


でもワザワザ滋賀県から車屋さんが来てくれて、半日掛かるも何とかなった。



ところが、修理は完全でないから、その後はクラッチを踏んで空気を貯めて圧を高めてからギアを入れるという、"セナ足(?・・・ではない!)"みたいな運転になった。


運転しながら"人馬一体感"を得て楽しかった/危なかった。


現地の予定をこなしつつ、よく無事で帰って来られたものだと後から胸を撫で下ろした。


・・・・・・ということがあった。



②【タイヤ、ホイールの話】


~「車長持ち」が一番~


僕の"superinspire"歴の割りと早い段階で、元々付いていた純正ホイールの劣化が激しくなったので、市販のホイールに換えることにした。


ただ、僕の車(="superinspire")のタイヤは、195/65/R14というサイズで、14インチのホイールなんてほとんど軽自動車クラスだった。("superinspire"は2000ccのセダン)


軽となると今度はタイヤ幅/195cmに合うものがない。


当時流行り出した"インチアップ"も考えたが、懇意にしてきたガソリンスタンドの方によれば、


◇「売り出し時のサイズが一番長持ちする設定」


と言われたのを重視し、"14インチ"で見合うホイールを探すことにした。


探すのは実に大変だったが、探した店舗さん(ABs鈴鹿)の努力のお陰で何とかなった。あの方の事は忘れない。



後にも先にも「車長持ち」が何よりも最優先だったのだ。



③【ライブ、オーバーヒート致命傷?の話】


~致命傷に一番近かった故障~


ある日、当時住んでいた三重県から名古屋市まで、楽器店(名古屋パルコ内)主催のアコースティックギターライブに出演することにしていた。


事前のリハーサルに向かうべく"superinspire"で高速道路を使い現地に向かっていたところ、蟹江ICに近付いたところで、エンジンの温度計がレッドゾーンに入りかけていることに気付いた。


"爆発(?)"しては具合が悪いと、スピードとエンジンを弛め、何とかたどり着いた蟹江ICで一旦降りることにした。


すると、具合良く料金所を過ぎたところでエンジンが完全に停止した。


ライブも大事だが、車("superinspire")も大事なので、放ってはおけず、レッカー車を手配して一旦三重県の懇意にしていたHONDAのディーラーまで引き返した。



そこで分かったのは、ラジエターにつながるホースが劣化して完全に穴が空いていることだった。


「こりゃ、エンジンに水が入っていたら車はダメかも知れない」と言われてヒヤッとした。


結果、エンジンに多少の水は入っていたようだが何とか――エンジンが点火し出力が正常――車("superinspire")は助かった。


数ある故障、磨耗、劣化歴の中で一番致命傷に近かったのはこの一件だったように思う。



それから、先のライブについて。


楽器店に電話し、


◆「大変申し訳ないのですが、カクカクシカジカの理由で今回は欠席で願います。申し訳ありません!」


◇「ご事情は承知致しましたが・・・私は待ってます!」


◆「『待ってます』・・・・・・!?!? 」


◇「では、後程・・・。」


ガチャッ、プープープー。


結局電車で急いで向かい、何とか本番に間に合い、リハーサルはすっ飛ばしてそのまま本番に臨んだ。



"superinspire"の一大事、リハーサルなし、と、心中穏やかでない中、ライブ(30分の出演)はとても上手く行った。



練習は当然"必須"だが、


"直前"に関しては、変に周到に準備するより"勢い"の方が上手く行くのかな?なんてことを思った一件だった。



ただ、"superinspire"が助かっていなければこうは行っていまい!



④【車検、サスペンション交換?の話】


~後の来るべき"致命傷"に備えて~



ある年から車検は毎度25万円もかかり出すようになった。


各部の劣化が激しかったからだ。


でも、HONDAのディーラーさんからすれば、本当は"それ以上"なのに、「もう25万円でいいですわ」としてもらっていたのだった。


※→4回出せば車が買える→こういう計算は正しい会計ではない!



そしてある時、車のサスペンションを交換したいと考え出した。


特に冬、地面からの振動が直に伝わり"乗り味"が硬かったからだ。


するとHONDAディーラーの工場長さんは、


◇「お話は嬉しいのですがお費用が・・・。」


◆「それはやむを得ません。"superinspire"には替えられません。」


◇「その費用をお考えなら、近い将来起こり得る"致命的な故障"に備えられた方が・・・。」


更に・・・、


◇「サスペンションなんて、"乗り心地"だけの問題で、お車の"寿命そのもの"にはほとんど影響しません!」


と。



先にも触れた通り、"車の寿命"が何よりも最優先だったので、工場長さんの仰ることも一理あるとしてサスペンションの交換は取り止めた。


・・・その数年後、工場長が仰る"致命的な大事件"が起こったのだった。→予告次回【2008年の出来事】へ



⑤【(追加)被-当て逃げ事件の話】


~縁のある駆け込み寺(?)~


ある時、電気量販店に行って駐車場に車("superinspire")を停めておき、用事を済ませて店から戻ってみたら右リアタイヤ上に大きな凹みがあった。



明らかに当て逃げだ。



そんなこともあろうかと、普段からワザワザ遠目の位置に停めていたのに!



想像するに、"犯人"は、一時的に立ち寄って、僕にぶつけるだけぶつけてすぐに立ち去っていった状況に見えた。



如何なる経緯があろうが、僕の"superinspire"が凹んでいる事実は揺るがない。


相当なショックと怒りに震えたが、直すより他に手がない。



そこで、手負いの兵が如く前(-07、-08にて)に触れた板金屋さんにヒヨヒヨと駆け込み状態を見てもらった。


凹みの修理と塗装で"15万円"という見積もりをもらった。


僕の車両保険の免責が "10万円"だと言ったら、「じゃ10万円でやりますわ!」としてくれて、保険の範囲で元通り+αになったのだ。



例の"手紙"の件が効いていたのだろうか?


だとすれば"恐縮+申し訳ない  & ありがとうございました!"の話になった。



まとめ版は以上です。


・・・・・・続く


→壮大なるエンディングへ!









| | コメント (0)

★【"superinspire"と私-09】 ~途中経過と今後の予定~

【"superinspire"と私】-09


~途中経過と今後の予定~



前に一度予定として紹介致しました以下メニュー。(-04にて)


"ラスト2話"は壮大なもなのとして、その他は一応触れておきたい細々とした話なので、まとめて一つで掲載したいと思います。



<以下メニュー>


・ナンバー"2004"と"super"inspireとは(-05)→◎済み


・メーター123456-789の話(-06)→◎済み


・京都、正月、故障の話→他とまとめで検討中


・タイヤ、ホイールの話→他とまとめで検討中


・全(半)塗装-感動の話→<上>→(-07)◎済み


・全(半)塗装-感動の話→<下>→(-08)◎済み


・ライブ、オーバーヒート致命傷?の話→他とまとめで検討中


・車検、サスペンション交換?の話→他とまとめで検討中


・(追加)被当て逃げ事件の話→他とまとめて検討中



・2008年の出来事の話→最終回前にて


・最近夢で見た話→最終回にて



です。



宜しくお願い致しますm(__)m。



| | コメント (0)

★【"superinspire"と私-08】 ~全(半)塗装-感動の話~<下>

【"superinspire"と私】-08


~全(半)塗装-感動の話~<下>



そうして大感動のままに仕上がった我が"superinspire"をドライブしながら自宅に帰り、翌日出勤して、事の顛末を時の上司に話した。


◆「もう嬉しくて-有り難くて-感動してたまりません!」


◇「それは良かった。お前アレ(="superinspire")好きやもんなあ。」


◆「先方さんに、会計済ませてありがとうございました、だけでは自分の気持ちが収まりません!」



そして、


◆「こういうときは一体どうしたらいいのでしょう?」


と問いかけてみると、


◇「そういうときは、そこの"社長様"宛に手紙を出すんだよっ」


と教えてくれた。



なるほど・・・!


と思い、その晩から早速手紙を書き出した。


元々自宅に持っていた無印良品の便箋3枚にびっしり思いの丈を書き綴り、自分の推敲だけでは不安だったので、当時職場の女子の頼れる内勤の方に読んでもらった。



すると、


🖤「めっちゃくどいけど気持ちは伝わる。ええんちゃうかな?」


との意見(評価?)をもらい、結局ほとんどそのままで行くことにした。


そこからの清書(書き損じ/書き直しも含む)と多少の加筆修正にはかなり難儀した。


確かにかなり難儀はしたが、それよりも気持ちを伝えたい圧力の方が断然上だった。


そうして書き上げた"真心のつもり"の手紙、仕上がるなり意を決して即座に投函した。


・・・・・・


すると、半月と経たないうちに先方の専務様よりお返事を頂いた。


それは何とも厳格と風格に溢れる文字で、不躾にも僕はとんでもない方に手紙を出してしまったのだと、そこで初めて気が付いた。


でも、書かれていることを拝読し、僕が伝えたかったことが伝わり、「あー、思い切って手紙を出して良かった!」と思えたこと、それに僕ごときに対して涙が出るほど嬉しいお言葉を頂戴したことは感激の極みだった!


・・・・・・


それから程なく、何か用事があって再びその板金屋さんを訪ねたら、


何と!


僕の手紙が額に入って飾ってあったのだ!



まさかそんなことになるとは夢にも思わなかったので、


正直かなり恥ずかしかったが、僕が伝えたかったことが、作業願った職人さんを初めスタッフ皆さんに十二分に伝えられたようで嬉しかった。



僕は何か特別なものを求めていたのではない。


ただ正しい自分の気持ちを出来るだけ等分(同等)に伝えたかっただけだ。


それが叶ったと思えたのはやはりとても嬉しかった(*^^*)。



この一連は、先に知恵をくれた職場の上司にも報告して喜んでもらえた。


ちょっとしたこと(僕には壮大なこと!)をえらく膨らませてしまったようで、各所にどこか面映ゆさ(?)を感じたのは否めなかったが、


僕はとてもスッキリし、また嬉しく、前にも増して"superinspire"を愛し大切にしたことは言うまでもない!



(余談)1


ある日スポーツクラブの駐車場で、自家用車を当て逃げされた状況に苦慮していると見受けられる人を見かけた。僕はすかさず近寄りソコソコソコ!と、お世話になった板金屋さんを自分にあった事の経緯と交えて紹介した。



(余談)2


最近はネットとかあるからすぐに分かってしまうのだが、今回話題とした板金屋さんは当時(ざっと15年前くらい)と多少形態は変わったようだが、現在も存在し、評判等々を見ていると、当時の"イズム"は健在なようだ(^^)d。


こういうのって、仮に人は変わっても"歴史"は引き継がれるものなのかも・・・!?




・・・・・・続く



| | コメント (0)

★【"superinspire"と私--07】 ~全(半)塗装-感動の話~<上>

【"superinspire"と私】-07


~全(半)塗装-感動の話~<上>



僕の"superinspire"は実は買った当初からあまり塗装が良かなかった。


購入時"99.8万円"という超目玉価格設定にはその辺の"減点"もあったのかと、それも含めて納得していた。


ところが、それが薄々気になり出したある日、ワックスをかける(当時は"手掛け"が普通だった)度に塗装が剥がれるのは明らかであることが判明し、「もうこれはアカン!手を打たねば!」と考え始めるようになった。



当時(三重県)職場付近にもあった全国チェーン系列の板金屋を訪ねて、聞いてみると、


◇「今の塗装の上からそのまま塗る簡易の塗装でいいならなやる(ってもいい)」


という旨の言い方をされた。


本来の塗装は、元の塗装を一旦全部剥がし、下塗りから幾重にもキチンとして仕上げるのものが正しい、と認識していたので、


◆「それでは安易な塗装にしかならない。お金がかかるのは仕方ないとして、そこはちゃんとして欲しい」


◇「この車、年式古いし、"あと何年走るかも分かん"のにそこまでせんでも(しなくても)・・・。」


◆「まだ存分に走るつもりだから何とかお願いしたい」


◇「・・・難しい(無理)・・・。


こんな不誠実さでは相談にもならず、端から二の足踏むようはところ、こちらから願い下げだと怒って店を出た。


だいたい、"あと何年走るかも分からん"には、テメーが決めるな!と心底頭に来た。


(・・・、元々そう出来る技術を持ち合わせていなかったのかも・・・との説も)



そうしたところ、当時通っていた自宅側(片道3km)のスポーツクラブの斜向かい辺りのところに地元の"板金屋"と思しき店舗があることを思い出した。


そうか、あそこがあった!と、当時スポーツクラブに通うのを日課にしていた(forマスターズ水泳)ので、帰りにその足で店舗を訪ねてみた。


そこさんは、県下で比較的有名なガソリンスタンドチェーン系列の店舗さんで、聞くに、事情拡大の一貫として新しく始められたとのことだった。


(それでも※年の経歴はあった(はず)/僕がそのスポーツクラブに通いだしてから新しく建った記憶がなかったから/前からあったの意)。


そして、スタッフの方に状況と要望を伝えると、実に気持ちよく受けてもらえ、見積もりも段取りも皆その場でさっと出してもらえた。信頼できる方と直感した。


(まだ若いのに職人風だった)


もちろん塗装は下塗りからチキンとする"一級塗装"だ。


そしてそのまま預けること4日、初めてのところにそれほど長期で外泊させたことなんてなかったから、一応心配は心配でならず、スポーツクラブのついでに覗き込みたくもなった。


でもそれでは相手さんも仕事がし辛いだろうし、何よりも無礼だと思いそれは控えた。


預け中借りた代車は先方も当然知っておられるから、僕が前を通れば僕と気付かれる可能性もある。


礼を尽くしてそれすらも控えようと思ったがそこは堪え切れず2、3回は通ってしまった(でもいずれも僕の車は車庫の中で見られなかった)



そして約束の仕上がり当日。


先にスポーツクラブのルーティーンを済ませてスッキリし、落ち着きながらも緊張もしながらお店を訪ねた。


僕の"superinspire"はいつでも発進出来るよう既に準備してあった。(エンジンはかかっていない)


まず車に近寄り、その仕上がり具合の良さに驚き「これ、マジかよ・・・!?」と心の中で叫んだ時に先のスタッフさんが近寄ってこられた。


◇「どうです?」


◆「私が申すのは失礼ですが、完璧です!ここまでのものになるとは・・・、正直驚きました!ありがとうございます!」


――他に言葉が見当たらなかった――


※1_塗装をしたのはボンネット、ルーフ(天井)にトランクの上向き面全部の全(半)塗装だったのだが、見た目には新車に見えた。


※2_この"superinspire"のダークグリーンは特殊な色のはずなのに!どこをどう切り取っても全て文句なし!



◇「ありがとうございます。」


◇「そのように仰って頂けると私共も嬉しいです。」


としてそのまま店舗内に案内された。


そして、


◇「はい、こちら」


として手渡されたのは、今回の請求書と作業行程の過程の写真と個々にその説明が書かれた書類だったのだ。


それには、更にタマゲタ上に感動した。


これでもう、見た目はもちろん、表層を剥がした裏側までもが完璧であることを手に取るように知ったのだった。



そして、その全てにおける手の届きようには、「仕事の本質」を見る気がした・・・にとどまらず、感動に溢れかえって気持ちを止めることが出来なかった。



・・・・・・続く



| | コメント (0)

★【"superinspire"と私-06】 ~メーター123456-789の話~

【"superinspire"と私】-06


~メーター123456-789の話~



何だかこの話、 今夢中になっているけど、自分の"好きさ加減"を自慢するようでとても恐縮なのですが、ここまで来たら気が済むまで書かないと僕が収まらない。


どうぞご容赦願いますm(__)m。



で、今回は上記「123456-789」の話。


これはお察しの通り車の"走行距離メーター"のことです。


いつだったか正確には覚えていないが→※、走行距離のメーターが12,000kmを超えそうな辺りで時々話に聞く、"メーターの数字を揃える"ことを考えるようになった。


※自宅にある電子手帳(ザウルス)には、①日付け、②その時点での走行距離と③出来事を克明に残した記録がある(今手元にはない)


現在の車の走行距離のメーターは液晶のデジタル表示だが、昔は物理的で機械式のダイアルだった。


だから数字を揃えることにどこか特殊な(?)魅力を感じたものだ。


で、表示は左側に6桁の本メーター(→自分で触れない)、右側に給油の目安にするための補助メーター(→こちらは触れる/0に戻せる)があり、僕はそれを続けて一気通貫で揃えられないかと考えた。


そんな話を職場でしていたら、ある同僚(若い後輩/こいつも車好きだった)が、


「そういう時は本メーターが『123456から789を引いたところ(123456-789=122667)』で補助メーターを"0"にして、あとは給油をしても補助メーターをそのままにして走り続ければちゃんと123456-789で揃いますよ」と教えてくれたのだ。


この知恵は貴重だった。


先の"122667"を超えたところで気付いても間に合わないことになるところだった!


それから、お教え賜った通り122,667kmのところで右側の補助メーターを確実に"0"にした。


それから2回ほど給油の機会があった。


でもそこは習慣的(半分 癖)に補助メーターを"0"としてしまうところをグッと堪えて、そのまま走り続け、きっちり



「123456-789」



を達成した(^^)v!



"達成"に当たっては、そのタイミングでどこかに遠出をしてしまっていたら揃うタイミングを逃してしまう恐れがあったので慎重に「その時」を計った。


当時は通勤に自家用車"superinspire"を使っていて、職場までが片道5kmと分かっていたから、仕事の帰りに揃うよう"調整"した。


また、揃うタイミングでトロトロ走って後ろから煽らたら具合が悪いので、そうならない場所と時間を慎重に選んで見事「123456-789」を達成し、そこで記念撮影をした。



それが添付の写真であります(^^)v。



こんなの自己満足以外何ものでもない詰まらない話だが、


僕は心の底から嬉しかった。


この車"superinspire"は結局185,000km(正確な記録は今手元にない)まで走ったから、それから更に60,000kmは走ったのだ。(僕には誇り!)


本当は"250,000km超"を目指していた(十分行ける予定だった!)が、途中で「"号泣"なまでの悲しいお別れ」があったのだ(ToT)。(後日談)



・・・・・・続く


123456789220040728

| | コメント (0)

★【"superinspire"と私-05】 ~ナンバー"2004"と"super"inspireとは~

【"superinspire"と私】-05


~ナンバー"2004"と"super"inspireとは~



前回からの続き・・・。


そうして何とか手に出来たこだわりと憧れの"アコードインスパイア"。


無理からにも首尾よく(?)手に出来たのは、当時住んでいた会社の寮で管理人さん(気っ風のいい名物おばちゃん)に車庫証明を"融通"してもらったお陰でもあるので、お礼共々報告と合わせて喜び勇んで買ってきた車を「これだ!」とおばちゃん(失礼!)に披露した。


すると、その時のナンバーの「2004」を見るなり、「あ、"シニメ"ナンバー」などと何とも縁起の悪いことを仰せられた。


・・・・・・とそんなことがあった。



ところがどうだ。


買った端から「一生飽きん!」と思って、そのまま愛するがままに乗り続け、10年経ったら西暦(2004)とナンバー(2004)がものの見事に揃ったのだ!


買ったのが1994年で、その頃は 2・・・ナニガシがいずれ"西暦"になるとは全然頭はなかった。


その昔、"2000年問題"と世間が騒ぎ出した頃に「そうか!」と初めて気がついたのだった。


当時は買った時に好きなナンバーを指定するような知恵なんてはないから、正真正銘買った時のままのナンバーだ。


これは果てしない偶然以外何ものでもない。



これを「運命」と言わずして何と言おうか!


それほどまでに「運命」を感じずにはいられなかった壮大な出来事でした。


・・・・・・・・・・・・


もう一つ、


この「アコードインスパイア」(ホンダ/アコードインスパイア/CB5/AG-i/5MT)は


★縦置き5気筒(画期的!でも1代で終わった・・・。)


★こだわりのマニュアル(この車にして超希少!同車1/200と言われていた)


★落ち着いたスタイリング(とても好きだった)


★そして、何よりも運転がいつも楽しくて面白くて仕方なかった。


(当時どこに行くにもほぼ常に同士だった)


もう、とにかく好きで好きで堪らなかった!


買って初めて乗った瞬間に「一生飽きん!」と思えたのは本当だった。



そんなこんなで僕にとっての「特別」、


すなわち「super」で


"superinspire"


なのだ。


かなり早い段階から自分のマイカーに"super"を付して


普通に"superinspire"と言っていた(^^)。


そして、いつの日からか何かにつけて"superinspire"と"2004"は僕のキーワードになった。


マスターズ水泳の"俺チーム"のチーム名も「スーパーインスパイア」としていた。


そんなこともあってこのブログのアドレスも


http://superinspire2004~~としたのでした。



※もうこの世に存在しておりませんので、ナンバーごと貴重な写真を添付させて頂きます(^^)v。


もう、好きすぎて・・・。すみませんm(__)m



・・・・・・続く


| | コメント (0)

★【"superinspireと私-04】 ~今日は今後の予定だけ~

【"superinspire"と私】-04


~今日は今後の予定だけ~


昨日は何かと忙しくて"下書き"が出来なかった(>_<)。


誰に望まれるものでもなく、ただ僕が書きたいだけのものでもここはちゃんとしたい。


そこで、今回は、これから書きたいと考えることの予定だけ。――予定のインデックス――


山ほどあるのだ。(僕が楽しいだけf(^^;!)


(書きながら途中で止める(又は足す?)こともありそうだが概ねこの線の予定)



≪以下予定≫(一部順不動)


・ナンバー"2004"と"super"inspireとは、のこと


・メーター123456-789の話


・京都、正月、故障の話


・タイヤ、ホイールの話


・ライブ、オーバーヒート致命傷??の話


・全(半)塗装-大感動!の話


・車検とサスペンション交換?の話


・悲しき2008年の出来事の話


・最近夢で見た話



【ご参考】


このブログでは、個々の記事に対して「カテゴリー」というものが設定出来て、これまでは何を書いても「日記・コラム・つぶやき」(デフォルト)で統一していましたが、今回を機に「"superinspire"と私」を追加しました。


何もしないと、仮に探したい時どこに行ったか(いつどこで書いたか)分からなくなるため。


ちなみにこっそり「私の中の名作記事(?)」も足してます(これはほとんどない/まだ1つ)。


今更ながら、これだけ書くなら「カテゴリー」も充実させたいかも。


※せっかく書いてもグチャグチャで何が何だか分からない!



| | コメント (0)

より以前の記事一覧